当記事は、財団法人光産業技術振興協会(OITDA)のご好意によって掲載の許可をいただいたものであり、同協会のホームページならびに機関誌「オプトニューズ」に掲載されています。
■光ワイヤレス通信技術フィージビリティ調査の背景
宇宙化学研究所: 高野 忠 氏
大阪大学大学院: 塚本 勝俊 氏
1. 光ワイヤレス通信の位置付け
搬送波として光波を用いるワイヤレス通信は、電波を用いるワイヤレス通信あるいは有線通信に比べ、従来どちらかと言うと隙間的に使われてきた。最近はそれに加えて、光波の特徴を積極的に利用する使われ方が多い。
その理由の第一は、通信環境が大きくかつ速く変わっていることである。ついこの間まで通信内容はほとんど電話信号であったが、それは既に半数を割って、今は代わりにデータ信号が主役に躍り出ており、更に映像信号(デジタル化されているが)が飛躍的に増えようとしている。この変化の原因は、利用サービスからみるとインターネットあるいはIT革命である。それを支えるため通信事業者は、いわゆる電話線からISDNやADSL、FTTHあるいは携帯電話などのアクセス手段を提供し、職場や家庭ではデータ機器を結ぶLAN、ルータあるいは各種アダプタを導入している。通信品質から言えば、最低規格保証型から最大努力型への変化である。このような環境の中で、「手軽、高速、かつ自由な」光ワイヤレス通信は、最適なものである。
第二の理由は、端末周辺あるいは家庭環境で、気軽な通信回線が必要なことである。これはパソコンからデータ機器あるいは携帯電話機からデータ機器等が該当し、「最後の1m」でケーブルを光波に代替えすることになる。ちょうど、テレビの遠隔制御に赤外線通信が使われる感覚である。
第三は、遠く離れた宇宙において通信需要を満たすことである。リモートセンシング衛星や非静止型の通信衛星では、まずデータ中継衛星等との間で通信が必要である。ここでは、霧・雲が無いので、光ワイヤレス通信の特長を最大限生かすことが出来る。従って従来の電波による通信を代替えしていくことになり、特に人が乗った宇宙基地が一般的になると、爆発的に増えると予想される。
第四は、交通環境の変化である。20年前に較べ、自動車の総台数は2倍に増え、それに応じ高速道路等の整備も著しく進んでいる。一般道路では信号機を連結して制御し、広域での流れを良くしている。更に今後、高速で走行する自動車に種々の航法(運転)情報を提供し、かつ交通システムを最適に制御する必要がある。そのためITSやVICSが、実用化されつつある。これらのシステム中で、移動体用の光ワイヤレス通信あるいは計測手段としてのレーザレーダが魅力あるものとなっている。
これら光ワイヤレス通信の発展は、基礎となる技術の進歩に支えられていることは言うまでもない。その中には発生素子、受光素子あるいはレンズのように、従来の光ファイバ通信や光学応用分野で発展して来たものが多い。しかし光波の伝搬現象の解明や光アンテナのように、光ワイヤレス通信独特なものもある。また通信規約のように、光通信の外部とのつながりが濃いものもある。
以上述べた光ワイヤレス通信と光波応用について、応用分野を見渡し基本技術を明らかにすることを目的に、光ワイヤレス通信技術委員会が設立された。光ワイヤレス通信はその発展の可能性の故に、種々の方面・組織で検討されているが、本稿では光ワイヤレス通信技術委員会の活動を中心に報告する。
2. 光ワイヤレス通信技術委員会の組織と活動
光ワイヤレス通信技術委員会は、2001年8月から2003年2月の間に7回の委員会を開催し、調査結果の報告と議論、報告書の作成という委員会活動を行ってきた。表に本委員会の組織と取り上げたトピックスをまとめる。
調査活動に当たって、光ワイヤレスを支える基礎技術とその広い応用範囲を可能な限り網羅できるように五つのワーキンググループを構成した。WG
1とWG 2は、広ビームと狭ビームというように、用いる光ビームの絞り方で光ワイヤレス通信システムを二つに分類してそれぞれの検討対象とした。
WG 1では、広ビーム赤外線通信システムを検討対象の中心に据え、 IrDAについて市場動向、技術開発の現状と課題について検討した。また、高速光ワイヤレスLANを実現する拡散型赤外線通信技術の開発動向についてまとめた。
一方、WG 2では、光ビームを絞って伝送距離の拡大をねらう狭ビーム光ワイヤレスについて、ビル間等に設置される屋外光空間通信システムの技術開発動向や大気中の光伝搬の特徴について検討すると共に、ブロードバンドインターネットアクセスの一層の普及を踏まえて、光ファイバネットワークや他のワイヤレス通信システムとの今後の協調方法について検討した。また、地上では経験しない超長距離伝送を特徴とする宇宙空間光通信システムについて国内外の最新技術開発動向と今後の課題について検討した。
交通管制システムやITSシステムは、高精度な計測能力が期待できる光ワイヤレス計測技術の重要な応用分野である。WG
3では、このような光が得意とする分野について光センサ技術、光ビーコンシステム、レーザレーダについて技術開発動向をまとめた。また、今後の光ワイヤレスを支える基本技術として、量子暗号技術や光センシングに新しい展開をもたらすイメージセンサ技術についても検討した。
近年進展が著しい発光・受光・光増幅素子などの光半導体素子技術や光学素子技術は、光ワイヤレスを支える基盤技術となるが、光ファイバ通信系で発展してきたデバイス故にそれらの適用にはまだ課題が残されている。
WG 4では、これらの光デバイス技術の開発状況と今後の課題を明らかにすると共に、PLC、MEMSやマイクロ波フォトニクス技術という最先端技術も検討対象に加え、光ワイヤレスへの適用について調査を行った。一方、WG
5では光学技術・光波伝搬特性に焦点を絞り、光無線通信システム推進協議会が実施した長距離光無線LANの実証実験で得られた最新データの検討などを行い、屋内外での光ワイヤレス通信に有効な光波伝搬特性改善技術について議論した。
また、光ワイヤレスでは、レーザ光の目に与える影響の検討抜きにはその普及は考えられない。そこで、アイセーフティを五つのWGを横断する重要テーマとして取り上げ、レーザ安全基準やIEC規格について最新の状況を把握すると共に、デバイスやシステムへの要求条件を明らかにした。
以上の委員会活動を通じて、それぞれのテーマの中で数多くの調査結果と新たな知見が得られたが、詳細については「光技術応用システムのフィージビリティ調査報告書XXII・XXIII
−光ワイヤレス通信技術−」を参照されたい。また、委員会活動の総括として次のような提言をまとめることができた。
- 技術開発:大出力で空間放射パターンがきれいなLDの開発、光波伝搬特性のフィールド実験実施とデータの蓄積を行う必要がある。これらは特にアイセーフティ領域として期待される長波長帯での開発が望まれる。また、アプリケーションを想定した下位から上位までのプロトコルの標準化を着実に行う必要がある。
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- アイセーフティ:光ワイヤレスの迅速な開発と低コスト化、民生機器への搭載、ホームユースへの普及には、安全基準の適切で簡便な認定方法や測定用キットなどを早急に検討すべきである。
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- 標準化:アプリケーション毎に必要とされる標準化項目を整理・検討する必要がある。必要であれば所轄のセンターを設立する。
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- デモンストレーション活動:市場に対する光ワイヤレスのアピールをベンダ、ユーザ、関係官庁が共同で行うことが望ましい。
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- 学会活動:光ワイヤレス通信・センシング技術に関連する技術者が結集し、デバイスからシステムに至る縦断的な議論の場を学会などで企画すべきである。
光ワイヤレス通信技術には、広範囲な適用先が見いだせる。また電波に比べて秘匿性、広帯域性、非干渉性、機器サイズ、法規の制約を受けないなどの点で優れており、電波・有線システムに置き換わる、もしくは電波・有線システムと補完的に使用することで今後の通信システム、センシングシステムに大きなインパクトと市場を与えることが期待される。一層の光ワイヤレスの普及のために、国内で中心となって活動している光無線通信システム推進協議会と諸外国機関の国際連携を期待したい。また、本委員会の活動期間中、経済産業省において2005〜2007年における社会とユーザニーズの変革に対応する情報家電システムに関する基本プラン「e-lifeプラン」の検討が行われたが、その中で本委員会からの提案により光ワイヤレスが今後の標準化指針、方策における重要技術課題として大きく取り上げられたことを述べて本記事のまとめとしたい。
表 光ワイヤレス通信技術委員会
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WG名称 |
トピックス |
WG 1 |
広ビーム散乱波通信システム |
IrDA(16 Mb/s)、IrMC、電子決済プロトコルIrFM、超高速通信プロトコルIrBurst、室内赤外線無線LAN、ギガビット超高速光無線LAN |
WG 2 |
狭ビーム通信システム |
屋外光無線通信システムとその大容量化、宇宙における空間光通信システム |
WG 3 |
ITSとレーダシステム |
ITSシステム、光ビーコンシステム、レーザレーダ、量子暗号通信技術、時間相関イメージセンサ |
WG 4 |
半導体素子・回路素子 |
高速発光ダイオード、SLD、面発光レーザ、高出力光源、半導体光増幅器、空間伝送用受光素子、通信用PLC、MEMS、マイクロ波フォトニクス |
WG 5 |
光学・光波伝搬 |
屋内光無線通信の高速化、高効率・広指向受光光学系、アイセーフ光学系、屋外光伝搬特性、長距離光無線LAN実証実験、アダプティブオプティクス |
スペシャルトピックス |
アイセーフティ |
目の構造とレーザ光による障害、レーザ安全基準、IEC規格 |
出典: OITDA 「オプトニューズ」 No.4 2003 通巻136号