当記事は、財団法人光産業技術振興協会(OITDA)のご好意によって掲載の許可をいただいたものであり、同協会のホームページならびに機関誌「オプトニューズ」に掲載されています。
■IrDAにおける赤外線データ通信の動向 (その1)
早稲田大学: 松本 充司 氏
1. はじめに
最近、ユビキタス時代の到来として各種モバイルシステムアプリケーションが登場している。その実現には利用環境、モビリティに応じて電波技術や光技術が利用されている。特に、身の回り数メートル周辺のソリューションでは赤外線による方法が現実的として注目を集めている。
本稿では携帯電話、携帯情報端末(個人の情報管理を行うPDAや電子手帳をいう)、ノートPC、デジタルカメラ、プリンタ、電子腕時計等のポートに搭載され、これらの携帯型のデバイス間の高速通信を実現する赤外線通信を取り上げる。
赤外線通信媒体(メディア)は、古くから各種リモコン等に利用されている技術である。数メートルというPAN
(Personal Area Network)の範囲内であるが、電波のような法規制がなく、小型、安価、低消費電力、高速データ転送が可能であることから、屋外でのモバイルコンピューティングの担い手として有効である。このような光インタフェースをユーザが共有するため共通規格の実現が要望され、業界標準の作成を行うため業界コンソーシアムが設立された。IrDA(Infrared
Data Association)である。ここではIrDAを中心に赤外線通信によるモバイルコンピューティングを紹介する。
2. IrDAの歴史
IrDAは1993年6月に設立されたデファクト標準規格を策定する業界コンソーシアムで、設立当初、ノートPC間の情報流通を、フロッピーディスクの代わりに非接触、ケーブルレスで実現するインタフェースとして大いに利用範囲を拡大してきた。これまでに、115.2
kb/sと4 Mb/sの通信速度を実現する赤外線データ通信インタフェースが開発され、ノートPCを中心に導入されている。特に、マイクロソフト社では1995年のWindows95を皮切りに、Windows98、CEそしてNTマシンの基本OSの一部として標準装備した。この結果、ノートPC各社、PDAや電子手帳の製造メーカは揃ってIrDAのハードデバイスを導入した。当時、115
kb/sの転送速度では2300万台のノートPCに、そして4 Mb/sでは1400万台の既存のPCに導入された。
IrDA設立当初における主なアプリケーションは、ノートPC間、ノートPCと携帯型端末(PDAや電子手帳等)間のファイルの移動や情報コンテンツのプリンタへの出力が中心であった。
3. IrDAシステムの構成と特性
3.1 赤外線通信の特徴
- 放射ビームの特徴:赤外線メディアによる送信形態は直進ビームである。発信源から一定角度(例えば±15°)の円錐状のビームで放出される。送信の途中に壁等の障害物が存在すると反射し、その先の受信先まで到達しない。このため受信先が確認できるポイントツーポイント型の通信には向いている。すなわち、赤外線メディアでは送受信先が明らかに確認できる環境での使用が有効である。
-
- 通信速度:通信速度は、ノートPCを対象での利用環境を考慮して、第1ステップに2.4 kb/s〜115.2 kb/ps(IrDA SIR‐Version 1.0)、1.152 Mb/s、4 Mb/s(FIR)を作成した。さらに今後のマルチメディア通信を考慮に入れて、16 Mb/s(VFIR:Very Fast IR)の標準化が行われた。実際には4 Mb/sまでの実装は行われているが、16 Mb/s までの実装は見当たらない。最近では動画のリアルタイム伝送や、超高速情報転送を考慮して100 Mb/s(UFIR: Ultra Fast IR)の高速化が開発されている。エラーレイトは通信速度115.2 kb/sで約10-9であり、安定した通信が可能である。
-
- 通信方式:赤外線送受信デバイス(LED、ホトダイオード)が接近しており、放射する赤外線ビームが自局の受信部の受信感度を低下せしめる。このため、放射中に対象とする相手からの赤外線信号を受信することは困難なことから半二重通信が採用されている。この結果、送信終了直後、直ちに受信モードに移行することができない(ターンアラウンドタイム)ことから、送受信の切替え機会が多いほど、ターンアラウンドタイムがスループットに影響してくる。
3.2 赤外線通信の適用領域
赤外線メディアの場合には途中に遮蔽物があると通信不可能となることから、室内では情報の漏洩がなくセキュリティの面で殆ど問題はない。一方、赤外線通信では自由空間で動作する光通信であることから、TVインバータタイプの蛍光灯による広範囲の雑音、直射日光等の他の光からの妨害への配慮、家電製品のリモートコントローラやオーディオヘッドフォン等のAV機器等赤外線を利用する他の機器環境との整合が必要となる。
以上のように赤外線メディアによるデータ通信の適用領域は、数メートルPANでの通信のワイヤレス化を簡便・小電力で実現するものである。この結果、周辺機器別に異なる物理形状、異なる制御信号線による複数の接続コードを用意する必要がなく、世界中、どこでも赤外線通信インタフェースによる情報共有が実現できる。
4. IrDAの基本アーキテクチャ
4.1 基本プロトコル
IrDAでは上記のシステム要求条件を満たすコンセプトで進められた。このため、IrDAの標準化目標は、最初の3年間でノートPC中心に周辺デバイスとの簡易な接続を目指し、
115.2 kb/s(Ver1.0)と4 Mb/s(Ver1.1) のハードウエアの規格およびデータリンクまでのソフトウエアの規格(IrLAPおよびIrLMP)の標準化を行った。
そして、その上位のミドルウエア、アプリケーションの開発は、各々ソフトウエアやアプリケーションベンダに委ねていた。 |
図1 IrDA基本プロトコル |
すなわち、モデムやPCMCIA,USB等と同様に物理規格部品のみを提供することをミッションとする団体を目指していた。
そのためノートPC等の各端末は、物理レイヤ(IrSIR)、IrLAP(Infrared Link Access
Protocol)、IrLMP(Infrared Link Management Protocol) の実装のみを必須としている。図1にIrDA基本プロトコルを示す。しかしながら、アプリケーションとしてノートPC、携帯端末、PDAの携帯型情報端末にとどまらず、プリンタ、モデム、デジタルカメラ、スキャナ、プロジェクタ、FAX等があり多彩であった。更には、公衆電話機やLAN,、携帯電話等のネットワークへの接続用としても有望視されていた。図2に赤外線データ通信環境を示す。
図2 赤外線データ通信環境
4.2 アプリケーションプロトコル
基本プロトコルであるプラットフォームの開発が一段落し、製品の導入展開フェーズとなったが、急速に拡大する赤外線の応用範囲に、ノートPC周辺の接続のための赤外線通信インタフェースでは間に合わないということが認識された。そして更なる普及のため、キラーアプリケーションの開発の必要性が切望された。このアプリケーションは国や状況により相当異なるが、日本ではその開発をコンピュータ企業から通信関連のキャリアや製造業企業に求めた。NTTでは1994年にIrTA(Infrared
Terminal Adapter)を標準化し、IrTA技術に基づくISDN用公衆電話機を1998年の長野冬季五輪で試用し、都内のISDN公衆電話に導入している。
また、NTTと日本の情報家電企業の5社でキラーアプリケーションの開発に取り組み、デジタルカメラに赤外線インタフェースの導入を図り、1997年にIrTran-P(Infrared Transfer Picture) の標準化を行った。日本ではIrTran-Pをデジタルカメラに導入した製品が登場した。さらにまた、モバイル通信の急速な普及に伴い、次のアプリケーション規格として携帯電話機への導入が期待され、 NTTドコモや北欧のワイヤレス通信機製造企業の提案により1997年にIrMC(Infrared Mobile Communication) がテレコム仕様として標準化された。このIrMCにはスケジュール(vCalender)、住所録 (vCard) および音声通信(Audio Communication)が含まれている。これらのオブジェクト交換には、IrOBEX (Infrared Object Exchange)アプリケーションプロトコルが規格化された。図3にIrTAを使用したISDN公衆電話機(新宿駅)を示す。
図3 IrTAを導入したISDN公衆電話機
5. あとがき
本文ではIrDAの設立当初のモバイル環境とIrDAにおける取り組みを中心に述べた。その後携帯電話の台頭によりモバイル環境は徐々に変化を見せている。次号(OITDAAオプトニューズ)ではその後の赤外線通信の動向ならびに今後の赤外線通信の展開を紹介する。
<参考文献>
1) |
松本:"携帯情報端末のネットワーキング", 電子情報通信学会, Vol.78,
No.2, P161, 1995 |
2) |
日経エレクトロニクス:"携帯型情報通信機器の未来" No.628,pp.101, Feb.13, 1995 |
3) |
IrDA公式サイト: http://www.irda.org |
4) |
松本,近藤,斉藤他; "Serial and Parallel Port Emulation over IR (Wire
Replacement)", IrDA Standards, 1996.10 |
出典: OITDA 「オプトニューズ」 No.4 2003 通巻136号