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04/28/2004
TOPICS-04008

光ワイヤレス通信技術の新展開 (4)
─光ワイヤレス通信技術調査委員会の活動から─

当記事は、財団法人光産業技術振興協会(OITDA)のご好意によって掲載の許可をいただいたものであり、同協会のホームページならびに機関誌「オプトニューズ」に掲載されています。

搬送波として光を用い、これを空間に放射して行う光ワイヤレス通信は、その利点が長い間唱えられながら、最近までその実現形態はごく萌芽的な応用に留まっていた。近年の情報通信技術の進歩、通信需要の急激な増大、情報環境の進展に伴って自由度の大きい光ワイヤレス通信の実現に対する要求が強まっている。

当協会は新規事業の創造に係わるフィージビリティ調査の一環として2001年度から「光ワイヤレス通信技術調査委員会」を設置して、同技術を支える基礎技術とその広い応用範囲を網羅的に調査した。2002年度までの活動で数多くの調査結果と新たな知見が得られ、委員会としての提言を纏めて終了することが出来た。これらの内容は、関連各機関における基本プランや開発計画の策定に大いに資すると思われたので、本誌紙上で数回に分けてその概要を紹介してきたが、今号で完結する。

光ワイヤレス通信における眼に対する安全基準

1. はじめに

レーザ光が人体に与える障害は、眼及び皮膚に対するものに分けられる。皮膚に対する障害は、主に熱反応で発生し、照射レベルが大きくなるにつれて、発赤から蛋白変性、蛋白凝固、蒸散、炭化へと変化する。この中で、低レベルでの皮膚障害は可逆的で修復可能なことが多いので、レーザ光による危険性は比較的低いと言える。一方、眼に対する反応は、眼球表面の角膜に対しては皮膚とほぼ同等であるが、眼の内部の網膜に対しては障害が不可逆的であり、かなり弱い光レベルでも網膜障害が発生する。これは、光ビームが眼球レンズにより収束され、網膜上のパワー密度が大きく増加するからである。これらの障害の発生は、レーザ光の照射レベルに加えて、波長、露光時間、パルス幅、レーザビームの性質などに依存するので、それらを考慮した安全取扱いの基準が必要になる。

レーザ放射に対する国際的な安全基準は、IEC/TC 76(レーザ装置)で検討されている。現在、種々の実験データに基づいて、レーザ安全に関する規格文書「IEC 60825シリーズ」が発行されている。これらは、レーザ安全に関する共通事項を定めた親規格「IEC 60825-1」と、光通信用装置、医用装置、高出力レーザ装置等を対象とする個別規格よりなり、レーザ応用技術の進展を反映させて、随時、新規作成と見直しが行われてきた(現行の親規格は、1984年版より4回の改正を経ている)。

特に、光通信に関する安全規格に関しては、光ファイバ通信システムを対象として1993年に個別規格「IEC 60825-2」の初版が制定され、以来、「IEC 60825-1」の改正や光ファイバ通信技術の進展に対応させて、幾度も改正が行われた。また、光空間通信システムを対象として、「IEC 60825-2」の概念を参考にした個別規格化の検討が進められ、現在(2003年11月)「IEC 60825-12」として規格がまとまりつつある。

ここでは、最新の親規格「IEC 60825-1(1997)」をベースに、レーザ光の眼に与える影響とレーザ安全に関する基本的な共通事項を概観した後、光空間通信システムの安全に関するFDIS文書「IEC 60825-12(2003.10)」を基にして、その規格内容の要点を紹介する。

2. 目の構造とレーザ光による障害

レーザ放射が眼障害を引き起こすメカニズムは、光化学的作用、熱、衝撃波及び非線形効果に分けられる。どのメカニズムが障害の原因になるかは、放射源の物理的パラメータに関連している。それらの中で重要なパラメータは、波長、パルス幅、像の大きさ、放射照度/放射露光である。例えば、障害の要因は露光するパルス幅で異なり、ナノ秒以下の露光では衝撃波及び非線形効果、1ミリ秒から数秒の範囲では熱的効果、そして10秒以上では光化学的効果が主要因になる。

図1に眼の断面構造と眼底の拡大図を示す。人間の眼球は直径24 mmの球形で、色々な組織が層状に集まって機能の異なる部位を形成する。角膜は厚さ0.5 mm程度であり、表側の細胞は再生力があるが裏側のそれにはない。従って、裏面の組織にまで障害が及ぶと角膜が白濁して回復しない。虹彩は明るさに応じて光の通る内径(瞳孔径)が変わり、日中の室内では4〜5 mmφ程度である。レーザ安全規格では、暗室での作業に対応する瞳孔径7 mmφを採用して、より厳しい安全サイドの条件にしている。水晶体は角膜の効果と合わせて焦点距離17 mm程度のレンズ系を構成しており、厚みを変えることでピント合わせの距離を遠方から近くまで調整する。安全規格では調節近点を100 mmと仮定し、その時瞳孔を通過するパワーが最悪としている。即ち、網膜障害の最悪露光条件は眼と光源との距離を100 mmにした時であり、それより近いと網膜像がボケるため危険性は緩和されると見ている。

図1 眼の断面構造と眼底

正常な眼は、眩しい時にはまばたきによる回避反応がある。まばたき速度は0.25秒程度とされ、これが可視光を対象とするクラス2レーザにおいて露光時間を最大0.25秒に制限した根拠である。また、眼球は一点を見つめていても常に遥動しており、網膜の血流による熱拡散効果も存在する。これらの影響により、発熱領域は網膜上のビーム径よりも拡大され、露光時間を長くしても、ある値以上は温度が上昇しなくなる。従って、露光時間に対する網膜障害の閾値は、露光時間に反比例して減少するエネルギー一定の関係から、露光時間に依存しないパワー一定の関係へと変化させている。

眼の透過波長特性は水とほぼ同じであり、可視(400 nm)から近赤外(1400 nm)まで網膜に達する。安全規格ではこの波長範囲をアパーレント光と称し、網膜障害の生じる領域としている。また最新の規格では、波長範囲400 nm〜600 nmについて青色障害と称する光化学的障害を考慮し、従来の熱的障害との二重規定にしている。網膜以外の眼障害はアパーレント光以外の波長範囲で発生する。短波長側(<400 nm)では紫外線による雪目と同じ障害になり、一日で受ける露光時間が加算される。これに対して長波長(>1400 nm)の障害は、角膜と水晶体に対する熱的障害で、露光時間による加算効果は10秒までである。

3. レーザ安全基準の基本事項

3.1 最大許容露光量(MPE; Maximum Permissible Exposure)

レーザの放射レベルが安全か否かは、MPEと称する最大許容露光量が基準になる。眼と皮膚に対するMPEは、網膜障害の生じるアパーレント光 (400 nm〜1400 nm)では眼の方が2桁以上も低いが、その他の波長領域では両者は全く同じである。MPEは波長λと露光時間tの二つの軸で定められ、その値は障害発生率が50 %となる露光量の1/10とされている。従って、放射レベルがMPE値より小さければ安全といえるが、MPE値が規定の面積でならしたパワー密度(W/m2)またはエネルギー密度(J/m2)で与えられるので注意を要する。

この面積は限界開口直径(表1)で与えられ、障害の状況を反映させて、波長、目と皮膚、露光時間などで値が異なる。例えば400 nm≦λ<1400 nmの波長範囲は網膜障害の領域であり、目に対しては瞳孔径の7 mmφにしている。この場合、レーザパワーが一定であれば7 mmφ以下にビームを絞っても危険性は同じということである。これは、目での障害が角膜表面での入射パワー密度ではなく、網膜上に集光されるパワー密度(実際は次項を参照)で定まるからで、瞳孔を通過した入射パワーに依存している。

表1  レーザの放射照度(W/m2)及び放射露光(J/m2)の
測定に適用する限界開口の直径

一方、紫外及び赤外領域では、目に対する限界開口径が1 mmφ〜3.5 mmφで与えられる。これは目においても表面層の角膜障害になるからであり、7 mmφのビームを1 mmφ〜3.5 mmφに絞ると危険性がパワー密度に比例して50〜4倍に大きくなる。この場合も、ビームが限界開口1 mmφ〜3.5 mmφより小さくなっても、危険性は1 mmφ〜3.5 mmφと同じと見ている。

3.2 分散光源観察とビーム内観察

レーザの眼に対する安全性を判定するには、網膜上の像の大きさが重要になる。 例えば、目に入る(瞳孔を通過する)パワーが等しくても網膜上の像が大きければパワー密度の低下により危険性が緩和される。レーザ光は空間的にコヒーレントであり網膜で十分小さな像を結び得るが、乱反射光、発光ダイオード、電灯など、いわゆる空間的コヒーレンスの劣る発光源は、目からみた角度(視角α)により、f×α(f:目の焦点距離)の像を結ぶ。従って、安全性の評価には視角αを考慮する必要があり、安全規格ではこの大きさが最小視角αminを超える場合(α>αmin)を分散光源観察、α≦αminの場合をビーム内観察と区別して、前者に対して像の広がりによる緩和を取り入れている。

図2は分散光源観察の具体例を示す。分散光源とは眼に有限の大きさの像を結ぶ光源で、空間コヒーレンスの良いレーザビームは対象外である。平行なレーザビームは無限遠に光源が位置する(視角α=0)と見なせて、網膜上の一点に集光できるからである。また、収束または発散ビームもレンズ系で平行ビームに変換できるので同類に扱われる。従って、分散光源観察はインコヒーレントな照明用光源、レーザ光の乱反射面、LDアレイ、リボンファイバ等に限られている。

図2 分散光源観察の具体例

分散光源観察は、光源を最小距離10 cm(調節近点)で観察したとき、その視角が最小視角αminを超えるものと定義される。これは網膜に結像する大きさが、f×αmin=25μm以上となる条件である。逆に、結像の大きさがこれより小さければ、ビーム内観察となり、規格上は同一に扱われて視角αの大小は考慮されない。この理由は、実際の障害領域は網膜の血流による熱拡散や眼球の揺動により、実効的にf×αminに拡大するからである。

分散光源観察に対する緩和策は、眼に対する基準値(MPE)の補正と測定条件による緩和である。MPE値は、アパーレント光の波長範囲(400 nm≦λ<1400 nm)に限定して視角αに比例する補正係数C(=α/αmin≧1)が掛けられている。但し、α≦αmax=0.1に制限しており、Cは露光時間に依存したαminの値によって最大66倍の値をとり得る。

測定条件による緩和(97年の改正で導入)は、αが大きいほど測定開口径を小さくするもの(またはこれと等価な方法)である。クラス分けのための測定系は、光源から100 mmの距離に置かれた50 mmφ開口を通過する光パワーであるが、分散光源観察の場合は、測定開口の直径を次式のように、αが大きいほど小さく(50 mm〜7 mm)して測定するものである。

3.3 クラス分けと被ばく放出限界(AEL; Accessible Emission Limit)

IECの安全規格ではレーザ装置の危険性に応じたクラス分けを用いている。従来、安全な方からクラス1、2、3A、3B、4の5分類が採用され、それぞれパワー(エネルギー)で規定されたAELと称する被ばく放出限界値を定めていた。今回、レーザのビーム広がりやビーム径に依存した低クラスの分類が追加され、クラス1、1M、2、2M、3R、3B、4の7種類に細分化された。新たなクラス1M、2Mは、双眼鏡またはルーペ等のレンズ系を使用しないかぎり安全なクラスで、特定の測定系を用いて放射レベルを評価するが、用いるAEL表は元のクラス1、2と共通である。また、従来のクラス3Aはパワー(エネルギー)とパワー(エネルギー)密度の二重規定であったが、今回、パワー密度の制限が外され、クラス3Rと名称が変更された。クラス3B及び4は従来と同じである。以下に、要点を示す。

(1)クラス1: AEL値はMPE値に限界開口面積を掛けたパワーで与えられる。従ってクラス1以下のレーザビームをレンズ等で集束させても限界開口面積で平均化したパワー密度は MPEを超えない。これにより、クラス1のパワー制限値はルーペや双眼鏡の使用をも考慮した本質的に安全なレベルである。なお、囲い等を設けて人体への露光量がAEL以下に制限できれば、レーザ単体の出力に依らずクラス1製品に分類される。 
(2) クラス1M: これは「裸眼は安全」として新設されたクラスである。露光(観察)条件は、光源から100 mmの距離をおいて裸眼で観測する場合である。従って、このクラスではレンズ系による観察で損傷を受ける可能性がある。
(3) クラス2: 波長λ=400〜700 nmの可視光が対象で、目の嫌悪反応(≦0.25秒)により危険性が回避される1 mWのパワーレベルである。この値は露光時間をt=0.25秒にしたクラ ス1のAEL値と等しい。なお、本規格の可視光の範囲は、実際に目で見える範囲より狭い。
(4) クラス2M: これはクラス1Mと同様に「裸眼は安全」として新設されたクラスで、裸眼観測の条件下(距離100 mm)で嫌悪反応により安全となる、限定されたクラス2である。従って、このクラスもレンズ系による観察は損傷を受ける可能性がある。
(5) クラス3R: これは、パワー(エネルギー)制限値をクラス1&2の5倍としたクラスである。裸眼での露光条件では最悪でMPE値の5倍に留まる。このクラスによる制限値がクラス1M、2Mによる制限値を下回る場合は、このクラスは存在しない。実際、大口径ビームや発散角の大きなレーザビームではクラス1の制限パワーの5倍(=クラス3R)を超えるクラス1M、2Mがあり、それらの上のクラスは3Bとなる。
(6) クラス3B: 直接光を見たり触れたりすると危険なレベルで、CW光では0.5 W以下である。
(7) クラス4: 直接光だけでなく散乱光も危険であり、CWでは0.5 Wを超えるレベルである。

3.4 時間基準

レーザ安全基準では露光時間を決定する三つの時間基準が設けられている。これらの時間基準に従ってレーザ製品の露光量が評価され、クラス分けがなされる。

  1. 0.25秒:波長範囲400〜700 nmのクラス2、2M、3Rのレーザ放射に対して0.25秒
  2. 100秒:(1)と(3)の場合を除いた波長>400 nmのレーザ放射に対しては100秒
  3. 3万秒:波長≦400 nmのレーザ放射、レーザ製品の設計上機能上から長時間に渡る意図的な観測が見込まれるレーザ放射に対しては3万秒

3.5 繰返しパルス/変調パルスの取扱い

繰返しパルス列や変調パルス列に対しては、以下に示す三つの取扱いがAELの決定に用いられる。但し、400 nm〜106 nmの波長に対しては下記条件の中で最も厳しいもの、それ以外の波長に対しては下記(1)、(2)の厳しいほうで決定される。

  1. 単一パルスの時間幅(露光時間)に対するAELで評価
  2. 持続時間Tのパルス列の平均パワーに対して、露光時間TのAELで評価
  3. 単一パルスのAELに繰返しパルスの補正係数C5(<1)を乗じた値で評価
    但し、C5=N-0.25、N:適用される時間基準(但し0.25s以下)に含まれるパルスの総数。

数Mb/s以上の光通信では、条件(2)で示した平均パワーでの取扱いが最も厳しくなると計算されるので、単純に平均光パワーを測定するだけでクラス分けの評価ができる。

3.6 多波長光源の取扱い

多波長光源では、相乗効果のある波長範囲が315 nmおよび400 nmの二つの紫外波長と1400nmの近赤外波長で区切られていることに注意すべきである。近赤外光を使用する光通信では、波長1400nmに境界があるので、1.3μm帯と1.55μm帯の波長多重(WDM)信号では別々にレベルが評価されるので、WDM多重による制限は生じない。しかし、1.55μm帯を中心としたWDM信号では、多重化された全パワーを一つの光源と見なしてクラス分けするので、多重数に比例して1チャネル当たりの許容パワーが下がることになる。また、1.48μm励起レーザパワーも、WDM信号に加算しなければならない。

3.7 クラス1M及びクラス2Mの測定条件

このクラスは、旧クラス3Aと同様に、パワー密度がMPE値以下になる条件が規定されているので裸眼では安全である。しかし、光学機器を用いて観察すると危険になるクラスであり、図3に示すように二つに分類できる。 上段(1)は平行ビーム出力に対する観測光学系で、口径50 mmφの双眼鏡を用いると危険になる。この場合、2 mの距離で50 mmφの開口を通過する測定パワーはクラス1(または2)を超えるが、14 mmの距離に置かれた7 mmφの開口を通過するパワーはクラス1(または2)以下となる。一方、下段(2)は発散ビーム(点光源)出力に対する観測光学系で、ルーペ(焦点距離14 mm)を用いると危険になる。この場合、14 mmの距離に置かれた7 mmφの開口を通過するパワーはクラス1(または2)を超えるが、2 mの距離で50 mmφの開口を通過する測定パワーはクラス1(または2)以下となる。

(1) 平行ビームの場合 [遠い焦点距離]
(2) 発散ビームの場合 [近い焦点距離]
 
図3 光パワー(エネルギー)の二つの測定条件

4. 光空間通信システム(FSOCS)の安全規格(案)

4.1 概要

近年、ビル間や室内でのデータ通信を、 光ファイバを用いずに自由空間を活用して行う、いわゆる光空間通信システムの研究開発が盛んになっている。これを受けて、IEC/TC 76/WG 5では、既存の光ファイバ通信システム(OFCS)を対象とした安全規格「IEC 60825-2」をベースにして、光空間通信システム(FSOCS)の安全規格をまとめている。その目的は、

  1. 一般の人に対して傷害を与える可能性のある光空間通信装置の光放射から守ること。
  2. 光空間通信装置の製造業者、据付業者、サービス業者、運用業者に対して、守るべき内容を書面で明示すること。
  3. 光空間通信装置からの不要な放射を最小限にすることで光傷害の可能性を下げること。

の三点である。なお、材料加工や医用のレーザ装置はもともと適用外であり、光空間通信装置でも光ファイバを用いた部分は、個別規格「光ファイバ通信システムの安全」が適用される。また、親規格に基づき、全ての条件下(メンテ・サービスや故障も含む)でクラス1製品と判定される光通信装置は、内蔵レーザ自身が本質的にクラス1の場合は本規定から除外される。

4.2 IEC 60825-12の概念

4.2.1 アクセスレベル(Access Level; AL)

光空間通信システム(FSOCS)においては、光ファイバ通信システムにおけるハザードレベル(HL)に倣って、アクセスレベル(AL)という概念を採用している。ALはクラス分けと同じ、従ってHLと同じ種類に分けられ、その意味は、人体が、故意または向こう見ずな振舞いを除いて、考えられる事象(例えば、ビーム光路への立入り)のもとで被ばくを受けるレベルと定義されている。

4.2.2 ロケーションの分類と許容AL

光空間通信システム(FSOCS)の素案では、光ファイバ通信システムの場合とほぼ同じ定義を使った三種類のロケーション(区域)を採用している。しかし、光の届く全空間を対象とするため、通常ではアクセス不能となる領域を新たに付加している。具体的な説明は以下の通りである。

  1. 管理区域(CA):訓練を受けた管理者、サービスマンのみ立ち入ることのできる屋上、柱の上など。
  2. 制限区域(RA):一般の人は立ち入らない屋上、電柱の上など。掃除などの人は立ち入る可能性がある。
  3. 非制限区域(URA):日常的にビームの遮断が起こるような人の出入りのある事務所など。
  4. アクセス不能領域:特別の定義はない。

この定義に基づき、空間光通信システムでは、レーザ装置の置かれた空間や受信系が設置された所を、アクセスできる対象(人)の差異に応じて図4(a)(b)で図示したように分類している。但し、図から分かるように、制限区域は地上から3 m以上の電柱の部分やビルの壁から2.5 m以内の空間と定義され、それより離れた空間はアクセス不能領域(inaccessible space)とされている。この領域では、空中から乗り物等を使ってアクセスしない限り、人体への被ばくが不可能な領域である。通常、被ばくの起こり得ない所であるが、万が一を考えて、アクセスレベルは1、2、1M、2M、又は3Rまでとしている。

表2には区域別に許容されるALと光通信装置に許容されるクラスをまとめた。無条件下の許容ALは管理区域ではクラス3R、制限区域ではクラス1、2、1M、2M、非制限区域ではクラス1、2である。また、空間光通信用装置にも同じクラスが無条件で許容される。なお、自動パワー減衰を装備するなどの一定の条件下では、各区域における装置の許容クラスが緩和され、1クラス上のAL(管理区域:クラス3B&4、制限区域:クラス3R、非制限区域:クラス1M、2M、3R)が許容される。詳細は最終規格(案)IEC 60825-12を参照されたい。



図4(a) 光空間通信システムにおける各種区域の実例1

 
図4(b) 光空間通信システムにおける各種区域の実例2

4.2.3 自動パワー減衰機構(APR)と運用防護システム(IPS)

光空間通信システム(FSOCS)では、光ファイバ通信システム(OFCS)と同様、光通信装置の出力を減衰させる安全機構が規定されている。但し、FSOCSの場合は、製造業者が備えるべき装置:自動パワー減衰機構(APR)と、据付業者や運用業者が新たに付加すべき装置:運用側の防護システム(IPS)の2種類がある。これらは、いずれも、公称傷害領域(NHZ)内に人が立ち入るのを検知する機能を有し、ひとたび立入りを検知すると、直ちに(特定の時間内に)特定の出力レベルまで装置の光出力レベルを減衰させる装置である。NHZは従来の公称眼傷害区域(NOHA)に類似の定義であるが、目に対して危険になる直線的な距離ではなく、目及び皮膚に対して危険になる全空間の領域(体積)を定めたものである。なお、アクセスレベルはAPR、IPSの動作を考慮した放射レベルであり、その時間基準は、OFCSの場合は「障害発生(ファイバ断など)後から1秒後または3秒後」であるのに対して、 FSOCSでは「立入りを検出した後から2秒後」が採用された。

 4.2.4 公称傷害領域(NHZ)と拡大された公称傷害領域(NHZ-Aided)

レーザ放射の危険領域を決定するには、MPEを超えるか否かが基準になる。裸眼でもMPEを超えて危険となる領域をNHZ、観察光学系(双眼鏡等)を用いると危険になる拡大された傷害領域をNHZ-Aidedと称している。後者は、非制限区域でのAPRまたはIPSの動作条件に取り入れて、安全性より厳しく管理している。図5に、非制限領域に用いられるクラス1M装置に対して、IPSを設置して、人の立入りを検出しなければならない領域(最大距離PIPS)を灰色で示した。これより、人体がNHZ-Aidedにかかる直前の位置で、光通信装置の出力レベルが減衰されるので、光学機器を用いても安全性が確保される。

図5  非制限領域における Class 1M 送信器

5. まとめ

レーザ光の目に与える影響と安全基準は、放射安全に関する医学的な実証実験の進展と工学的なレーザ応用技術の進歩を反映させて、ここ数年で基本的事項と基準となる数値が大きく変わった。本報告では、レーザ安全の共通事項を定めた最新の国際的なレーザ安全規格「IEC 60825-1」を基に、レーザ安全に関する基本的な共通事項を紹介した。また、光通信用としてIECでの検討が進展した光空間通信システムの安全規格(案)について、その基本的考え方と主要項目を説明した。レーザ安全に関する規格は、医学的、光学的バックグラウンドに加えてこれまでのいきさつも色々あるので、一読では内容を理解できないと思われる。本報告が内容理解の一助になれば幸いである。より詳細な解説は、別の機会に譲りたい。

【著者: 猿渡 正俊    防衛大学校】


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