早稲田大学
国際情報通信研究科
教授 松本充司
1.まえがき
昨今、情報通信技術の分野ではユビキタスコンピューテングとかネットワーキングという言葉が流行している。つい先日までITとかICTであり、更にその少し前まではマルチメディアであった。マーケットがその時代に期待する技術の枕言葉であろうが、実像が明らかになるにつれ、新たな対象を求めることからそのサイクルは非常に短く短期間でめまぐるしく変動している。実際技術面でもデジタル化の進展、インターネットの台頭、モバイル通信の普及、ブロードバンドネットワークや無線LANの進展等、複雑多様化しているが、昨今の技術の中ではインターネットとワイヤレス通信の進展に目を見張るものがある。
100年余かけて構築された電気通信技術も一夜にしてインターネットにかわり、日本の電話台数6千万台も2000年には登場後10年足らずの携帯電話に抜かれてしまった。今また固定網によるインターネットも無線LANの登場でワイヤレスインターネットにシフトしている。このように21世紀の通信の担い手は着実にワイヤレスへとシフトしている。ここではワイヤレス通信の中でも、特に室内で使用する近距離赤外線通信を中心にその取り巻く動向について述べる。
2.室内でのワイヤレス通信
2.1 ワイヤレス通信の特徴
室内でのワイヤレス通信は同じ電磁波の系列である電波技術と赤外線技術とに大別される。電波は壁等の障害物を通り越し遠隔の相手までオムニ状に伝播するため見通しが悪いマルチポイントの通信に適しており、携帯電話や放送を中心に、屋内、屋外等の無線LAN
として広範囲に利用されているが、反面、類似のシステムとの相互干渉、セキュリティ面の確保等が困難であること、高速化が困難であること、各国の電波管理下におかれていることから、相互接続やインタオペラビリティの維持が困難である等の欠点がある。この分野でのアプリケーションとしてBluetooth、HomeRFやIEEE802.11が登場してきた。
これに対して赤外線通信はビーム状で送信される光通信である。帯域が広範囲であり、高速通信が可能である。送受信デバイスはLEDとPDとの組み合わせで実現できるため、小型、軽量、安価である。更に干渉範囲が狭いため利用範囲が広いこと、見通し内通信である反面セキュリティに対しても強い。光の範疇であることで各国とも規制の対象外であること等から屋内用通信には適しており、従来からTVやエアコンのリモートコントローラ等に利用されてきた。しかし、障害物には透過せず反射か吸収され減衰が大きいため遠くへは伝達されない。また、マルチポイト通信を行なう場合には送受信デバイスを複数用意することや拡散用レンズを追加するなどの工夫が必要である等の欠点がある。 表1にその主な仕様を示した。以上から、それぞれのシステムやアプリケーションには一長一短があり、利用環境に応じて利用することが肝要である。
表1 室内で利用されるワイヤレスシステムの主な仕様
2.2 IrDAの概要
赤外線メディアは古くから各種リモコン等に利用されている技術である。数メートルというデスクエリアの範囲内であるが、小型、安価、低消費電力で、半二重シリアル高速データ転送で実現可能なことから携帯型のデバイスの非接触、ケーブルレスインタフェースとして利用が注目されてきた。この赤外線ポイントポイント通信の規格を決めてきたのが
IrDA (Infrared Data Association)である。
IrDAは携帯型デバイス間の赤外線(波長:850nm-900nm)インタフェースのデファクト標準化を目指す非営利のコンソーシアムで1993年6月にヒューレットパッカード社によって設立が提唱され、2002年で
IrDAでの活動も早くも9年目を迎えている。 IrDAの中核企業は米国カリフォルニア州のシリコンバレーの企業であったことから、PC周辺の技術開発が中心であった。
第一段階として物理レイヤの速度をノートPCのシリアル速度である115.2kbpsとし、その標準規格を設立後1年足らずで開発した。それらはその後に登場したWindows95の標準規格として実装された。その後4Mbps、16Mbpsへと通信速度規格の拡張を行ない、より高速度の赤外線データ通信環境の提供を図った。 最近ではノートPCを中心に、Windows95、98、CE そしてNTマシンのOSの一部として標準装備され、115.2kbpsの転送速度では2300万台、4Mbpsでは1400万台のノートPCに導入されている.。これらの主な利用は、2台のノートPC間、ノートPCと携帯型端末(PDAや電子手帳等)間のファイルの移動やプリンタへの出力が中心であった。
IrDAの標準化目標は、最初の3年間でノートPC中心に周辺デバイスとの簡易な接続を目指し、
115.2kbps(Ver1.0)と4Mbps(Ver1.1) のハードウエアの規格およびデータリンクまでのソフトウエアの規格(IrLAPおよびIrLMP)の標準化を行なった。そしてその上位のミドルウエア、アプリケーションの開発は、各々ソフトウエアやアプリケーションベンダーに委ねられていた。すなわち、モデムやPCMCIA、USB等と同様に物理規格部品のみを提供することをミッションとする団体を目指していた。これを利用するアプリケーションはレイヤ3のPDU(プロトコルデータユニット)で実現することであった。そのため、物理レイヤ(IrSIR)、IrLAP
(Infrared Link Access Protocol)、 IrLMP (Infrared Link Management Protocol)
の実装のみを必須としている。しかし、推奨する応用アプリケーション範囲はノートPC、携帯端末、PDAにとどまらず、プリンタ、モデム、デジタルカメラ、スキャナー、プロジェクタ、FAX等であり多彩な通信環境の構築であった。更には、公衆電話機やLAN、
携帯電話等のネットワークへの接続用としても対象にしていた。図1に赤外線データ通信環境を示す。
図1 赤外線データ通信環境
プラットフォーム規格の開発が一段落し、製品の導入展開フェーズとなった。しかし、Windows95、98、2000、CEそしてNTマシンのOSの一部として赤外線のプラットフォーム規格が標準装備されているが、2300万台のノートPCに導入されたにもかかわらず、ユーザの利用が低く、キラーアプリケーションの開発の必要性が求められた。この一環として以下の取り組みがなされた。
(1) |
デジタルカメラ(DSC)が登場した当初、各社独自の赤外線通信方式を採用していたが、1997年にアプリケーション規格の一環としてNTTを中心とする日本の赤外線通信関係5社グループでデジタルカメラ用赤外線通信プロトコルIrTran-P
(Infrared Transfer Picture) の標準化作成を行なった。
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(2) |
モバイル通信の急速な普及に伴い,IrDAアプリケーション規格として携帯電話機への導入が期待された。NTTドコモや北欧のワイヤレス通信機製造企業の提案により1997年IrMC(Infrared Mobile Communication)がテレコム仕様として標準化された。この携帯電話用赤外線音声通信プロトコル(IrMC)は、携帯電話にノートPCやPDAを接続し、データ通信、リアルタイム音声伝送をする移動通信用IrDA規格である。
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(3) |
1998年には、遠隔制御やゲームマシンのJoysticks等データ量の少ないワイヤレスポイントポイント転送を実現するハードウエア規格が情報家電企業から提案された。これは速度を75kbpsまで低下しても、5メートルより先まで到達する技術で、TVリモコンとは異なりインタラクティブで1998年にIrCONT (Infrared Control)として標準化された。既存のリモコンが単方向に対して、IrDA CONTROL はインタラクティブである。
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(4) |
オブジェクト交換のためのアプリケーションプロトコルとして、IrOBEX (Infrared
Object Exchange)、LAN接続のためのIrLAN、更に現行のプロトコルはPCが処理するテキストやデータ通信用に適合するプロトコル(エラーリカバリ)が採用されているが、リアルタイム音声や動画伝送には適さないことから
IrLAP、IrLMPの簡易化を図った IrLite、コネクションレスプロトコルとしてUltraLite
が規格化された。 |
2.3 赤外線LANの構成
図2に早大で行なった赤外線LANの実験システム例を示す。本実験システムは850nmIRで最大20地点の1対Nのマルチポイントを双方向(全二重) 10Mbps (10Base-Tコンパチブル)を実現する赤外線LANである。本実験では半径2.5mの範囲での同時マルチ伝送が確認できた。本システムの特徴はその性能ならびに室内でかつ他の電波システムに干渉されないで使用できることである。反面、欠点は送受間でのリンクの維持、通信利用エリアが狭いこと、他の障害物がリンク内を通過することによる瞬断の回避等であろう。
図2 赤外線LANの実験システム例
最近では大学や病院での導入が検討されている。なお、本システムの規格化はICSAで行なわれている。
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