当記事は、財団法人光産業技術振興協会(OITDA)のご好意によって掲載の許可をいただいたものであり、同協会のホームページならびに機関誌「オプトニューズ」に掲載されています。
■IrDAにおける赤外線データ通信の動向 (その2)
早稲田大学: 松本 充司 氏
1. はじめに
1993年6月に発足した赤外線データ通信協会であるコンソーシアムIrDA は今年で10年となった。本誌前号(2003-No.4)ではIrDAの発足から、前半の5年間の取り組みを中心に述べた。そこではノートPCを中心とした流れから、徐々にモバイル通信領域、情報家電領域に拡大した経緯を、赤外線通信技術、応用範囲、アーキテクチャ、現状の課題と今後の展開等について触れた。
本号では、後半の5年間の取り組みおよび今後の展開について述べる。
2. Bluetoothの登場1) 2)
IrDAのプラットフォームとなるプロトコルが完成されて、ウィンドウズ95以降のOSに標準装備され、殆どすべてのノートPCに導入され、ケーブルに取って代わる技術として注目された。
物理速度は4 Mb/s(Ver. 1.1)へ高速化されたが、市場に出まわった製品は初期速度115.2
kb/s (Ver. 1.0) のものと遅く、ケーブルが不要な反面、スピードならびにパフォーマンスが悪く、ユーザに受け入れられなかった。その後の展開は、ノートPCに導入したプラットフォームプロトコルを軸にキラーアプリケーションを求め、公衆電話や携帯電話に普及の糸口を求めた。さらにその後デジタルカメラの登場により、カメラ同士、カメラとノートPC、プリンタ間のケーブルレス静止画像転送用に赤外線インタフェースが期待されたが、よりデータサイズの大きな画像の転送には1枚当たり数十秒の時間を要した。その後デジタルカメラが高品質化へ展開するとともに、115.2
kb/s 速度の赤外線通信による画像転送の役割は後退した。
これに追い討ちをかけたのが、1998年5月に登場したコンソーシアム(コードネーム:Bluetooth、米国)である。赤外線の適用領域(ルーム内)を微弱電波でカバーし、1999年末までに技術開発を完成する方向で進められた。
デバイスコストは赤外線の場合よりも高価であるが、電波免許不要の2.4 GHzのISM帯を利用する。赤外線の欠点をカバーでき、等方性、全方向性のストリーム等、電波の特徴をフルに活かした方式である。低電力(2.7
V、0.1 W)で10 mの範囲、高速(約1 Mb/s、非対称)で全二重通信が可能、マルチポイント通信や見通し外通信や携帯電話機をポケットに入れた状態でもノートPCから携帯電話を経由してのネットワーキングが容易となることが利点とされた。IrDAとBluetoothは、物理レイヤが光と電波と異なるものの、近距離ワイヤレスでのサービスモデルが類似しており、その後、上位レイヤプロトコルの共通化が協議された。その結果、IrDAで先行したIrOBEX(オブジェクト交換)は、Bluetoothでも利用されることとなった。表にIrDAとBluetoothの技術比較を示す。
表 IrDA と Bluetooth の技術比較
項 目 |
IrDA (FIR, VFIR) |
IrDA (Advanced IR)*1 |
Bluetooth |
帯域幅 |
FIR: 4 Mbps
VFIR: 16 Mbps |
AIR: 4 Mbps |
721/56.6 kbps *2 |
方向性 |
±15° |
<360° |
Omni-directional |
通信範囲 |
1メートル |
10メートル以下 |
10メートル(0 dBm) |
スペクトラム |
光
850〜900 nm |
光
850〜900 nm |
電波
2.4 GHz |
等時性ストリーム |
不可 |
不可 |
可 |
コンピューティング |
見通し内通信 |
見通し内通信 |
見通し外通信 |
*1 |
拡散型IRは1999年以降適応性が不明確として開発が中止された。 |
*2 |
非対称通信 |
IrDAは16 Mb/sまで高速化が行われたのに対し、Bluetoothは最高速度721 kb/sと56.4
kb/sとの非対称にとどまった。図1にIrDAとBluetoothとの適用領域を示した。赤外線通信は光の特徴を活かし、より高速化へと向かったのに対し、Bluetoothでは室内のポイントポイント通信(ピアツーピア)アプリケーションを目指した。当初IrDAでも拡散型IR(AIR)がIBMから提案されたがBluetoothの登場にともないAIRの適応性が不透明となり、IrDAでの標準化は中止された。
図1 IrDAとBluetoothの適用領域
Bluetoothの登場に伴い,サービスモデルが類似しているIrDAではかなりの危機感をもった.当時のマガジンには
"Bluetooth will kill IrDA"等の記事も紹介された。しかし、このBluetoothでも欠点が明らかとなった。同じ無線領域ではIEEE
802.11が11 Mb/s 以上の速度で普及しているのに対して、最高でも1Mb/s 弱の速度であること、見通し外通信が可能である反面、目的外の相手との接続が可能となり、セキュリティや目的とする相手との接続時間に課題を残している。さらに、ISM帯は他のアプリケーションでも利用されているため、干渉問題も浮上している。IrDAに5年遅れて登場し、当初IrDAを凌ぐ勢いであったBluetoothも、次第にその期待が薄らいできた。図2にIrDAとBluetoothの成熟度を示す。
図2 IrDAとBluetoothの成熟度 (出典: Gartner Group)
IrDA、Bluetoothともその実態が不透明な期間は期待度が高く、その内容が明確になるにつれ実力がわかり、期待度が幻滅まで引き下げられる。その後、啓蒙活動を十分に行い、真の評価に移っていく。現在、IrDAもBluetoothもその真価が問われる時期に入っている。
3. IrDAの再評価
1998年に登場したBluetoothによって急速に近距離通信の主役の座を奪われたIrDAだが、最近のe-Commerceの実現に際してセキュリティに強い赤外線通信方式が再評価され、携帯電話等に導入され始めている。IrDAではこのe-Commerceを実現するアプリケーションとしてSIG(Special
Interest Group)を立ち上げ、IrFM (Financial Messaging) の規格化を行った。また、最近ではデジタルカメラで撮影した画像をモバイル機器間で交信する機会も増えてきている。従って、より一層高速で転送効率のよいデバイスの登場が強く望まれている。IrDAの伝送速度を制限している最大の要因は、発光ダイオード(LED)の応答速度である。このことからIrDAの物理レイヤの高速化をはかる検討グループとして2002年にUFIR-SIG(Ultra
Fast IR Special Interest Group)が設立された。現在、LEDの改良やLEDにかわるデバイスとして、レーザダイオード(LD)が日本から提案されている.LDによる方法ではアイセーフの点が問題となるが、発光スポットサイズを1,000倍以上に拡大することにより、目に対する安全性を確保したアイセーフLD方式が提案されている。
また、デジタルカメラの普及、2G、 3G携帯電話における静止画像、動画像データのサービス提供が徐々に増大しつつある。さらにギガビットネットワークの拡大により、ネットワーク内に大容量コンテンツのデータベースが構築されつつある。これらの状況を考えると、ネットワークとモバイルデバイス間の高速インタフェース、大容量コンテンツの流通システム(コンテンツおよび課金)を実現するプロトコルの構築が望まれた。このインタフェースを実現するために既存IrDAプロトコルをベースに拡張するIrBurstプロトコルが日本から提案され、IrDAではこの問題の解決を図るためIrBurst-SIGを立ち上げて規格化を進めている。
さらに、最近のディスプレイの薄型化、高画質化に伴い、壁掛けテレビが現実のものとなりつつある。この壁掛けテレビのディスプレイ装置とチューナ部は独立に設置されることが大部分であるためディスプレイ装置とチューナ部間をどのように実現するかが課題となっている。この課題を克服するものとして1.25
Gb/sの高速光ワイヤレス技術が開発され、システムの実現が可能となった。
3.1 IrDA物理レイヤの高速化 3) 4)
物理レイヤ速度の高速化には発光ダイオード(LED)の応答速度がネックであるから、LEDの改良かLEDにかわる新デバイスの開発が課題となる。LEDの改良では、改良型LEDやスーパールミネセントダイオードなどの超高速IrDA用光源が開発され、100
Mb/psの高速伝送が確認されている。また、新デバイスの開発では、半導体レーザの発光スポットサイズを1,000倍以上に拡大することにより目に対する安全性を確保し、空間に自由に放射することが可能なアイセーフLDが開発されている。この技術により、LEDよりも高速応答特性に優れ、かつ消費電力が低いという特長をもつ半導体レーザを赤外線通信に使うことが実現可能となった。
キャンタイプのパッケージに実装された大型モールド型のアイセーフ半導体レーザと比較的大面積の受光面を持ち高速応答可能な市販のPin-PDを用いた100 Mb/sデータ転送システムのコンセプトモデルについて赤外線通信を用いた映像、画像などの大容量データの瞬時転送が可能であることが示されている。図3にLDとLEDの距離別の周波数特性計測結果を示す。
図3 LDとLEDの距離別の周波数特性計測結果
但し、標準化においては(1) 発光素子のIrDAユニットへの実装、(2) 受光素子の開発、(3)データの符号化方式、等の課題も残されている。
3.2 IrDAミドルウエアプロトコルの高速化
最近、ユビキタス・ネットワーキングへの応用として、"瞬間的な接続により、多目的で多様な情報を交換する手段"としてのIrDA方式の赤外線通信方式がとくに評価されるようになっている。携帯電話等のユビキタス・デバイスに赤外線通信に加えて、IP接続が可能な高度な通信・情報処理環境が現実のものになったことが大きな要因である。このことは、IP接続が可能で周辺デバイスへ赤外線を使用したアクセスが可能なアプリケーションが自由に作成でき、なおかつオープンプラットホームであるという特徴から今後ますます応用範囲は拡大されていくものと考えられる。
このことから、 IrDAでは、赤外線通信の新しい応用分野として、赤外線通信を使用した電子決済方式を実現するIrFM
(Infrared Financial Messaging) SIG(Small Interesting Group)と、高速赤外線通信を使用したコンテンツ配信システムを実現するIrBurst(High
Speed Infrared Contents Exchange)SIGの二つの作業部会を設立し、積極的な活動を展開してきている。
3.2.1 IrFMのプロトコルスタック構成
赤外線通信による電子決済を行うために、IrDA基本プロトコル(IrDA通信プロトコルの共通部分)上に、セッションプロトコル層として、IrFM-OBEX
(Object Exchange for IrFM)を構築し、電子決済に必要な情報オブジェクトを交換する汎用の手段を用意した。図4
にIrFMによる電子決済のプロトコルスタックと携帯電話に搭載のIrMC (Infrared
Mobile Communication)規格を示す。
図4 IrFM のプロトコルスタック
3.2.2 IrBurstのプロトコルスタック構成5)
IrBurstは、IrDAの主要な日本メンバが中心となって策定しているプロトコルで、100
Mb/sを超えた超高速近距離赤外線通信方式であり、早稲田大学GITI、NTTサイバーソリューション研究所がIrBurst
SIGのリーダを務めている。現在、100 Mb/sに対応するデバイス、このデバイスを効率よく制御するためのトランスポート層以下のプロトコルおよびコンテンツ交換を行いやすくするためのセッションプロトコル等について開発を進めている。
(1) 使用される環境
ユビキタス・モバイル環境で、100 Mb/s高速データ交換を民生レベルの低価格帯の製品で実現するために、ローエンドのデータ処理環境上で高速データ通信を実現する必要がある。
(2) トランスポート層以下の構成
IrDAでは従来の方式(FIR、VFIR)やIrLMP層(IAS、IrMUX)およびTinyTP層との互換性が重要視されるため、アプリケーションとの互換性を確保し、高速デバイスである物理層(IrUFIR)の特性を引き出すためデータリンク層を新たに構築することが求められている。構築されたIrBurstのプロトコルスタックを図5に示す。
図5 構築したプロトコルスタック
4. おわりに
身の周りの最も身近なそして最も簡便な光ワイヤレス通信として近赤外線メディアを利用したIrDAによる赤外線通信技術の最近動向、課題および展望を示した。
開発されてから10年間が経過し、紆余曲折を経てようやく電子コマースサービスにめぐり会い、適合された技術として赤外線の特徴が最認識されてきた。さらには電子新聞、サーバーアンドクライアントシステムの高速データ取得の手段として将来が期待されている。これらの応用は一部であり、今後研究が進むにつれ更なる展開が期待できる。
<参考文献>
1) |
松本、若原、 富永; "モバイル環境における通信メディアの評価"、 電子情報通信学会オフィスシステム研究会(OFS99-54)、 pp.1-7、信学技報、 2000.1 |
2) |
松本、若原、渡部、大西、富永;"赤外線静止画転送プロトコル(IrTran-P)の相互運用試験と評価"、画像電子学会誌、Vol.28、No.5、1999.10 |
3) |
河西秀典、下中淳、平松卓磨、森本直行:"超高速IrDAの技術動向 〜Gbps空間伝送に向けて〜"2002年電子情報通信学会第1回集積光デバイス技術時限研究専門委員会 |
4) |
吉田靖幸、松本充司、河西秀典:"890nm帯アイセーフ半導体レーザによる100Mbps赤外線通信における一検討"FIT2003、
No.17 2003.9発表予定 |
5) |
松本充司、川村浩正、北角権太郎、若原俊彦;"赤外線通信技術による高速バースト転送方式(IrBurst)の一提案"2002年電子情報通信学会総合大会、早大、2002.3 |
出典: OITDA 「オプトニューズ」 No.5 2003 通巻137号