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10/08/2003
TOPICS-03020-(1)

■屋外光無線通信と衛星間光通信の動向 (つづき)

通信総合研究所: 有本 好徳 氏

3. 衛星間光通信システム

3.1 想定される利用分野

宇宙における空間光通信は、現時点でレーザ波長の使用に対する規制が無いこと、通信装置が小型・軽量であり、高速大容量化が容易であるなどの特徴により、将来地球上をグローバルに結ぶ広域な高速衛星通信ネットワークにおける通信インフラへの貢献はもとより、宇宙空間における有人活動へのサポート、観測衛星による取得画像などの多量のデータ伝送及び宇宙探査機との深宇宙通信等への利用が期待されている。

人類史上初の宇宙飛行士ガガーリンのウォストーク宇宙船による有人飛行から、すでに40年が経過し、本格的な宇宙空間利用の時代を迎えている。現在、Landsat-7やSPOT-4、RADARSATを代表とする多数の地球観測衛星が地球環境のグローバルな把握のために利用されており、これらの衛星に搭載された各種のセンサ(可視、赤外センサや合成開口レーダなど)で取得された大量のデータ伝送には、SバンドやXバンドのマイクロ波帯が用いられている。しかしながら、今後、観測衛星に搭載されるセンサの分解能はさらに高くなり、同時に観測範囲や頻度も増加するものと予想される。このため、大量のデータを効率的に伝送する手段として光通信が必要になると考えられている。この状況は、深宇宙探査機との通信においても変わらない。ただし、伝送距離が30万kmから数億kmにわたるため伝送速度の目安が数kb/sから数Mb/sとなるが、通信装置を小型軽量化、低消費電力化できることが光通信を採用する主な理由である。

3.2 技術開発動向

(1) 米国

米国では、1970年代から光衛星間通信の活発な研究開発が行われてきた。最初の実験はBMDO(Ballistic Missile Defense Organization)が2000年に打ち上げたSTRV-2(Space Technology Research Vehicle 2)衛星によるものであった。1 Gb/sの通信速度を持った光通信装置がSTRV-2に搭載され、衛星−地上間で光通信実験が行われた。しかし、衛星の姿勢誤差が予想より大きく、実験は失敗に終わった。2001年5月には、NRO(National Reconnaissance Office)の静止衛星に、MIT Lincoln研究所で開発された先端光通信システムGeoLITE(Geosynchronous Lightweight Technology Experiment)が搭載され、初期の15ヶ月間は地上との伝搬データ取得を含む先端光通信システムの試験が行われた。残るミッション寿命の9年間、この衛星は軍用のデータ伝送に使用される予定である。MITで研究されてきた光通信装置の光学系構成例を図2に示す。


図2  MITの光通信機光学系の構成

NASA/JPLでも深宇宙探査機との通信を目的とした光衛星間通信の研究開発が進められている。JPLではOCD(Optical Communications Demonstrator)と呼ばれる研究室レベルの光通信装置が開発されており、これを用いて捕捉、広帯域追尾、精指向や光行差補正などの要素技術の検証、デモンストレーションが行われた。この装置は口径10 cmで1個のCCDを捕捉と追尾センサとして使用し光ファイバ出力の送信機を備えている。深宇宙通信の領域では、2 AUの距離で数10 kb/sの伝送能力の他に、高解像度の撮像機能および測距機能が要求されている。衛星搭載用光通信機の開発と併せ、光通信用の地上施設の建設も進められており、テーブルマウンテンのOCLT(Optical Communications Telescope Laboratory)には口径1 mの望遠鏡が設置されて、2008年までには10 mクラスの受信望遠鏡を備えた地上局の建設も計画されている。

(2) ヨーロッパ宇宙機関(ESA)

ヨーロッパでも1985年からESAを中心としてSILEX (Semiconductor Laser Inter-satellite Link Experiment)計画が進められてきた。1998年3月には光通信機器を搭載した地球観測衛星SPOT-4が最初に打ち上げられ、恒星を相手として捕捉追尾機能の確認試験が実施された。続いて、光通信の相手となる静止衛星ARTEMISが2001年7月に打上げられたが、ロケットの不調により当初予定していた静止軌道に投入する事が出来ず、高度31,000 kmの暫定パーキング軌道に投入された。

しかしながら、2001年11月20日夜、ARTEMIS−SPOT-4間で世界初の衛星間光通信リンク実験が試みられ、SPOT-4から送信された50 Mb/sのテストデータはARTEMISを経由して地上局で正常に受信された。11月30日にはSPOT-4で取得した画像データを光衛星間リンクにより地上に伝送し、画像データを取得することに成功した。その後、ARTEMIS衛星は2003年1月には静止軌道に到達し、光衛星間リンクは定常的に使われている。SILEX計画の衛星間通信のイメージを図3に示す。ESAではこの実験の成功により宇宙における光通信技術が、地球観測分野のみならず低軌道衛星コンステレーションや静止衛星、宇宙探査機などでの衛星間通信に革新をもたらすものと期待している。
図3  SILEXの軌道上イメージ

(3) 日本

日本では、1994年に宇宙開発事業団(NASDA)の技術試験衛星Y型(ETS-VI)を用いて世界初の光通信実験が行われた。通信総合研究所(CRL)が開発した0.83μmの半導体レーザを用いた光通信実験装置(LCE)が衛星に搭載され、CRLの地上局との間で伝送速度1.024 Mb/sの光通信実験が試みられたが、大気揺らぎによりアップ・ダウンリンクともに非常に大きなシンチレーションが現れた。このため、大気揺らぎの少ない高度2,400 mの山頂に設置されている米国JPLの地上局を用いた国際協力実験を行い、双方向のデータ伝送が安定に行えることを検証した。この経験から、大気揺らぎの影響が少なくギガビットクラスの光通信が容易に行える1.5μm帯のレーザを用いた光通信システムや補償光学(Adaptive Optics)の研究が始まった。この研究成果を元に1998年から国際宇宙ステーションの船外実験プラットフォーム上で超高速(2.5 Gb/s)の光ダウンリンクを行う実験計画(LCDE)が開始されたが、2002年度をもってこの計画は中断している。これに伴いCRLでは、この間の研究成果を成層圏プラットフォーム搭載用の光通信装置に活用することを検討している。

一方、NASDAでは、ESAとの国際協力によりARTEMISとの間で光衛星間通信実験を実施する計画を1992年から開始した。このための光衛星間通信実験衛星OICETSは、重量550 kgの3軸姿勢制御衛星で、高度600 km、軌道傾斜角約35°の円軌道に投入する予定である。現在、衛星本体および搭載される光衛星間通信機器(LUCE: Laser Utilizing Communications Equipment)はフライトモデルの製作及び各種試験を終了しており、2005年度を目標に打ち上げ手段の検討が行われている。LUCEは、直径26 cmのカセグレン型光アンテナを持ち、質量は149.6 kg、消費電力はスタンバイ時には130.0 W、追尾時には232.0 Wである。

(4) 商用衛星

宇宙光通信は、開発の初期段階には各国の宇宙機関などを中心として開発が進められてきたが、1990年代の後半になると、この優れた技術を多数の周回衛星を用いた民間の通信システムへ展開する動きが見られた。1998年にはモトローラが提唱するCelestriTMシステムや、TeledesicTMシステムの光通信機器の開発が話題になったが、その後、これらの開発活動がイリジウムの失敗などに影響されスローダウンしてしまった。この様な状況の中で、スイスのContraves Space社は、コヒーレントBPSK変調方式を採用した一連の衛星間光通信装置を開発している。この中には、短距離用のOptel 02 (伝送距離2,500 km、1.5 Gb/s)、 中距離用のOptel 25 (45,000 km、1.5 Gb/s)、長距離用のOptel 80 (84,000 km、2.5 Gb/s)がある。2001年10月EurasiasatとContraves Space社は、この光通信装置を次世代のEurasiasat 2のミッションコンセプトに取込む事で合意した事がアナウンスされている。米国のBall Aerospace社でも表のような商用光通信システムを発表している。日本でも、多数の周回衛星通信システム向けの光衛星間通信技術の研究開発が、通信・放送機構川崎次世代LEOリサーチセンターの「グローバルマルチメディア移動体衛星通信技術の研究開発プロジェクト」で進められている。

Product
Class
Applications Maximum Link
Range (km)
Terminal
Mass (kg)
Data Rate Terminal
Power (W)
Short Range
(Model SR-10)
*LEO to LEO
*GEO co-located
*GEO short range
10,000 16 155 Mbps
622 Mbps
2.48Gbps
9.96Gbps
70
Medium Range
(Model MR-40)
*MEO to MEO
*GEO medium range
*MEO to LEO
40,000 24 155 Mbps
622 Mbps
2.48Gbps
9.96Gbps
100
Long Range
(Model LR-80)
*GEO long range
*GEO to MEO
*GEO to LEO
80,000 64 155 Mbps
622 Mbps
2.48Gbps
9.96Gbps
150

表  Ball Aerospace社の衛星間光通信装置の例

3.3 実用化に向けての課題

(1) 波長割当ての課題

地上のファイバ通信ではITU-Tにおいて波長多重のための波長割当てが行われており、変調・符号化方式についても明確な規格が存在する。しかしながら、衛星間光通信(光ISL)においては、上記のような標準規格や方式が未だ存在しない。

現在、光通信に使用できる可能性のある波長帯として、0.8μm帯、1.06μm帯、1.55μm帯の3種類がある。0.8μm帯は多くの開発の実績があり、Si受光デバイスの量子効率・感度も高く、実現性、信頼性の面でも問題が少ないが、高出力LDの変調特性及び受信用のSi-APDの帯域制限により1チャネルあたりの通信容量が数百Mb/s程度に制限される。1.06μmについては、コヒーレント光通信システムに用いるための研究開発がヨーロッパ(ESA)を中心に活発に行われてきた。Nd・YAG固体レーザを用いたシステムは、LD励起による高出力と、コヒーレントシステムに必要な狭い線幅のレーザ発振が可能であり、ホモダインPSK方式と組み合わせることにより高感度のシステムが実現できる。1.55μm帯は、Er添加ファイバ増幅器(EDFA)を光送受信機に導入することにより、大容量(40 Gb/s程度)かつ高感度のシステムが容易に実現できる。EDFAは、20 nm以上の波長帯域を持っているので、波長多重(WDM)により伝送容量を拡大することも可能である。しかしながら、EDFAの利点を生かすためには、光アンテナで受信した微弱な光信号をシングルモードファイバに効率良く結合させる必要があり、コヒーレントシステムと同様に指向追尾に関する要求が非常に厳しくなる。

(2) 消費電力・発熱の問題

光ISLを構成する搭載機器の場合、小型・軽量化を進めれば進めるほど、発熱密度が高くなり、放熱設計が難しくなる。一般に、宇宙では放熱は放射にたよるしかなく、高発熱になれば広い放熱面あるいは能動的な熱制御機構が必要になり、これは小型軽量の特徴を損なうことになる。

(3) 捕捉追尾系の課題

光ISLでは鋭いレーザビームを使用するため、高精度の捕捉・追尾機構が必要である。通常、衛星や宇宙機の搭載振動環境を考慮して、粗追尾系と精追尾系の 二重のフィードバックループによる追尾系が用いられるが、光学系が複雑になりコスト高を招くとともに、部品数が増加するに従い、高い信頼性を達成することが困難になる。特に、1.55μm帯においては捕捉用の広視野センサとして、Si-CCDに匹敵する性能を持ったデバイスが無い。このため、通信用とは別に0.8μm帯や0.98μm帯のレーザビーコンを同時に搭載し、Siデバイスを用いて捕捉・追尾を行うシステムも考えられている。

4. あとがき

2002年3月の調査報告書4)をもとに、屋外光無線通信システムおよび衛星間光通信システムの研究開発状況について述べた。今まで、この二つの分野において必要な要素技術は大きく異なり、独立に研究開発が行われてきた。しかしながら、屋外光無線通信の高速大容量化、遠距離化の要求に応えるため、衛星系での技術開発が先行していた1.5μm帯のファイバ通信の技術や高精度追尾技術が導入されようとしている。衛星系についても、衛星間光通信のみならず地上の航空機や成層圏プラットフォーム、UAV(Unmanned Aerial Vehicle)と衛星、あるいは地上局との光通信実験がJPLやCRLで検討され始めており、大気中の伝搬特性や目に対する安全といった地上系の技術が必要になってきている。将来は、このような研究開発成果の融合によって、空間光通信の特徴である「鋭いレーザビームによる空間選択性」を最大限に活用した通信システムが実用化されるものと思われる。

参考文献: 4) "光技術応用システムのフィージビリティ調査報告書]]U―光ワイヤレス通信技術―" 光協会(2002)
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出典: OITDA 「オプトニューズ」 No.5 2003 通巻137号


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