第三章 中国に対する米国と日本の『ICT』戦略

3.1 『中国製造2025』に対する米国の『Clean Network』戦略

これまでの中国(中共)の産業政策の『中国製造2025』が非常に脅威(技術情報の漏洩:スパイ活動)であると米国のトランプ大統領や米国の上下両院連邦議会もようやく中国政府(中共)とのイデオロギーの違いを理解し、最近米中貿易戦争という形で世界中のニュースで流れるようになってきている。9月29日(木)に、中国共産党(中共)が、今後の方針について話し合う『第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)』が、10月26(月)から29日(木)に開催される予定だが、2035年までの長期目標『中国標準2035』を習近平国家主席より発表される見通しで、焦点はハイテク分野{『情報通信技術(ICT)』}なので、内容しだいでは新たな米中の対立の火種になる恐れがあることをNHK総合TVで放送された。

『米トランプ政権、中国を5つの分野で締め出す「Clean Network」立ち上げ』(ITmedia NEWS)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2008/07/news060.html

米国のポンペイオ国務長官は8月5日(米国現地時間)、「中国共産党などの悪意ある攻撃者から国民と『ICT』企業を守るトランプ政権の包括的なアプローチ」、『Clean Network』の立ち上げを発表した。上記のURLより下記にその概要を示す。「米国の重要な電気通信および技術インフラを保護するため」の以下の5つのClean[C]の取り組みで構成されるものとしている。

1)Clean Carrier:中国の通信キャリアを米国の通信ネットワークに接続させない。既に米連邦通信委員会(FCC)にChina Telecomを含む中国4社への米中間のサービス提供の認可取り消しを要請した。
2)Clean Store:米モバイルアプリストア(米GoogleのGoogle Play Storeや米AppleのApp Storeを指す)からのTikTok やWeChatなど中国製アプリの排除
3)Clean Apps:Huaweiなどの中国メーカー製スマートフォンへの米国製の信頼できるアプリのプリインストールあるいはアプリストアからのダウンロードの阻止
4)Clean Cloud:Alibaba, Baidu, Tencentなどの中国企業のクラウドに米国のデータを保存させない
5)Clean Cable:グローバルなインターネットに接続する光海底ケーブルの中国からの侵害阻止

「クリーン[C]な要塞を構築することで、すべての国の安全が確保される」と米国のポンペイオ国務長官が語っている。

『ポンペイオ長官 “連携して中国に対抗を” NHKインタビュー』(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201006/k10012650851000.html

米国のポンペイオ国務長官は、日本と米国、オーストラリア、インドの4か国外相会合などに参加するため来日していて、10月6日(火)の午後にNHKの単独インタビューに応じ「世界は、あまりにも長く中国による脅威にさらされてきた」と述べて、中国(中共)が軍事面などで威圧的な行動をとっていると非難し、日本をはじめとしたインド太平洋地域の国々が連携して対抗していく必要性を訴えた。トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染し、政権の運営に影響が出ているさなかでも来日した理由について「インド太平洋が自由で開かれ、法により支配されていること、そして中国共産党(中共)による脅威に我々は反対していることを確認するためだ」と述べた。中国(中共)が、南シナ海や東シナ海などで軍事力を誇示し、威圧的な行動をとり続けていると非難し、「これは緊急の課題だ。世界はあまりも長い期間、中国(中共)による脅威にさらされてきた。今こそ、この問題に真剣に対応しなければならない」と訴えた。また、中国(中共)が海洋進出を加速していることを念頭に「弱さをみせれば付け込まれる。譲歩することは、威圧的で軍事的な手段を用いて問題を解決しようとする中国(中共)を利することになる」と述べて、4か国だけでなく、ASEAN=東南アジア諸国連合など、価値観を共有する地域全体で中国(中共)に対抗していく「中国包囲網」を築くべきだと叫びかけた。さらに、香港や、台湾をめぐり、米中の対立が深まっていることについて、ポンペイオ長官は、「これは米国対中国という問題ではない。これは自由と専制政治のどちらかを選ぶかの問題だ。軍や威圧的な力を使って弱い者をいじめる中国(中共)に世界を支配させてよいのか」と主張し、米中2か国の問題ではなく、国際社会の問題だと強調された。

ポンペイオ長官が今回、トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染する非常事態の中でも訪日し、4か国の外相会合を実現させる背景には、中国(中共)が周辺諸国への威圧的な行動をエスカレートさせることに対する中国(中共)包囲網の構築を急ぐ狙いがあるものと思われる。米国政府は、新型コロナウイルスの世界的なパンデミックの混乱に乗じて、中国(中共)が東シナ海や南シナ海への海洋進出や、インドと国境地帯で衝突するなど、周辺諸国に対する領土的な野心を強めていると警戒している。ポンペイオ長官は、こうした中国の行動を「共産主義による世界的な覇権の確立に向けた野望」と位置づけていて、中国(中共)に対抗するための民主主義国家による新たな同盟の確立を目指している。中でも、最も重視しているのが、「日本、米国、オーストラリア、そしてインドの4か国の枠組みである」と強調された。

『4か国外相会合 中国念頭に4か国結束 連携広げていく方針確認』(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201006/k10012650651000.html

日本と米国、オーストラリア、インドの4か国外相会合が東京で、新型コロナウイルス感染拡大以降、国内で初めてとなる閣僚レベルの国際会議で、茂木外務大臣、米国のポンペイオ国長官、オーストラリアのペイン外相、インドのジャイシャンカル外相が出席して、10月6日(火)午後5時半ごろから外務省の板倉会館で行われた。海洋進出を強める中国(中共)を念頭に、法の支配などに基づく自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて、4か国で結束し、多くの国に連携を広げていく方針を確認し、今後会合を定例化することで合意した。また、『ICT 』の『サイバーセキュリテイや質の高いインフラ整備』などの分野でも実践的な協力をさらに進めていくことを確認した。

『菅首相 米ポンペイオ国務長官と初の対面外交 緊密に連携を確認』(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201006/k10012650151000.html

菅総理大臣は、就任後、初めての対面外交として、米国のポンペイオ国務長官と、10月6日(火)午後、総理大臣官邸で会談した。両氏は、厳しさを増す地域情勢への認識を共有し、海洋進出を強める中国(中共)を念頭に「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、地域や国際社会の平和と安定の根源である日米同盟をより一層強化し、民主主義などの普遍的価値を共有する「同志国」とも顕密に連携していくことで一致した。
最近、米国のトランプ大統領が、ファーウエイの情報漏洩(スパイ)問題で中国(中共)とデカップリングしないと危険であることを宣言しているのを見ても国家としての『情報通信(ICT)』及び『サイバーセキュリティ』戦略は最優先事項ではないかと思われる。最近米国では、70を超える宗教・人権団体と500人を超える活動家らがこのほど、米国司法省に対し、「国際的犯罪組織(TOC:Transnational Organization Crime)」として、指定するよう求めたようである。

『中国共産党は国際犯罪組織―70超の団体が米政府に指定を要請』(so-netニュース)
https://news.so-net.ne.jp/article/detail/2029795/

3.2 中国と世界の5G関連標準必須特許保有件数及び自然科学系論文数

筆者が、ITU-Tの日本代表を務めていた1990年末頃、中国は光ファイバ伝送の「有線」分野のITU-Tの国際標準規格化にはほとんど寄与していなかったが、2015年から中国人のジャオ・ホーリーン(Houlin ZHAO)氏がITUトップの事務総局長になっており、中国(中共)が、ICT通信規格の国際標準化を最重要視していることは明らかである。現在2020年10月時点で、技術分野の特許数も論文数も米国を抜き世界トップになっており、中国の技術開発力は着実に向上していることは明白であるため脅威である。

『中国ファーウエイが首位、世界の15.1%を占める5G関連標準必須特許保有件数』(電波新聞、2020年1月)
https://dempa-digital.com/article/58076

上記のURLより、「5G」関連の標準必須特許保有件数の申請件数上位20社の比較を表1に示す。ドイツの特許情報サービス企業、アイプリティクスによると、世界の次世代高速通信規格5G関連の標準必須特許(SEP:Standard-Essential Patent)の保有件数は、2020年1月1日時点で、中国のファーウエイ(華為技術)がトップで、3147件である。SEPとは、使用せざるを得ない技術の特許のことで、保有企業にとっては競争力そのものと言えるので注目する必要がある。

表1より、1位:ファーウエイ(3147件、中国)、2位:サムソン電子(2795件、韓国)、3位:ZTE(2561件、中国)、4位:LGエレクトロニクス(2300件、韓国)、5位:ノキア(2145件、フインランド)、6位:クワルコム(1293件、米国)、7位:エリクソン(1494件、スエーデン)である。一方、日本は、9位:キャノン(747件)、10位:NTTドコモ(721件)、16位:NEC(122件)で、「5G」移動体通信(スマホ)の『ICT』技術では中国と世界に大幅に遅れていることが明らかになった。

国別としては、1位:中国(7260件)、2位:韓国(5180件)、3位:米国(2649件)、4位:フィンランド(2145件)、5位:日本(1590件)、6位:スエーデン(1494件)、7位:台湾(204件)、8位:カナダ(139件)の順である。一方、日本は「5G」の国際標準化では、相当出遅れたので、次世代Beyond5G(6G)の『ICT』戦略では、政府主導で研究・開発のロードマップを作成し、国際標準化で各国の代表と英語やフランス語で闘える国際標準の専門家の人材育成及び研究開発に大幅な資金援助をしないと、また「5G」移動体通信(スマホ)の国際標準化に出遅れた二の舞になるのではないかと危惧している。

一方、自然科学系の学術論文数でも、中国が米国を抜いてトップになっていることは注目に値するものと思われる。

『世界の科学論文数、中国が米国抜いて首位に:日本は4位に後退』(nippon.com)
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00809/

文部科学省科学技術・学術政策研究所が世界各国の科学技術活動の実態を調査した「科学技術指標2020」によると、国の研究開発力を示す指標の一つである自然科学分野の学術論文数で、中国が米国を抜いて初めてトップ(第1位)になった。日本は前回の調査(2010年)の第3位から10年間で順位を1つ下げ、第3位のドイツに次ぐ第4位となった。上位10位までの各国の自然科学系論文数を表2に示す。「科学技術指標2020」の調査は、2016~2018年に、Nature(ネイチャー)などの世界約1万の科学誌に掲載された自然科学系の学術論文を分析したものである。論文数は、国際協力の下で書かれた共著の論文が多いため、「分数カウント法」により、全ての論文に対する貢献度を各国に割り振った上で、国ごとの本数(共著論文1.0本を国数で割り算したもの)を見積もって算出したものである。

その結果、中国が学術論文数30万5927本(シェア19.9%)で第1位となり、米国の143万1487本(シェア18.3%)を上回った。第3位のドイツが6万7041本(シェア4.4%)、第4位の日本が、6万4874本(シェア4.2%)、第5位の英国が6万2443本(シェア4.1%)などとなっており、米中両国が他国を大きく引き離している現状である。
10年前の日本の学術論文数は、6万6460本で、数だけ見るとほぼ横ばいだが、他国の論文数が相対的に増加して順位を下げているので要注意である。注目度の高い論文に注目した場合は、トップ10%補正論文数、トップ1%補正論文数とも、日本は第9位という結果になっていることもポストドクターや若手研究者が安心して研究できる研究支援体制の確立を大至急検討すべきであると思われる。

表3に、主要上位国の研究者数と研究開発費総額を示す。主要国における研究者数は中国が約187万人(2018年)と最も多く、以下、第2位の米国の約143万人(2017年)、第3位の日本の約68万人(2019年)、第4位のドイツの約43万人(2018年)、第5位の韓国の約41万人(2018年)などが続いている。
一方、研究開発総額は、第1位の米国の60.7(兆円)と第2位の中国の58.0(兆円)が他国を大きく引き離しており、以下第3位の日本の17.9(兆円)、第4位のドイツの14.8(兆円)、第5位の韓国の10.3(兆円) 続いている。

3.3 日本の『ICT』戦略と『サイバーセキュリティ』対策

筆者がKDDI研究所から国立大学法人琉球大学工学部教授へ転職した頃の2001年に中央省庁再編により、郵政省(Ministry of Posts and Communications)から総務省(Ministry of Internal Affairs and Communications)に変わった。2001年に開催されたITU-T SG15の10月会合に、日本代表の「総務省参与」として会合に出席した時(図9)、外国の代表者達から「総務省」とは何だ?と言われ説明に困り恥ずかしい思いをしたことがあった。その後、NTT{日本電信電話株式会社(特殊会社)}もKDD{国際電信電話株式会社) (特殊会社)}も完全民営化になったが、筆者は、『情報通信技術(ICT)』や『サイバーセキュリティ』等の国際標準化戦略は、民間企業主導ではなく、国策でいくべきで、『ICT』分野は諸外国のように独立していないといけない省庁だと思っているので、かつての郵政省のように『ICT』分野に特化した省庁が、国際標準化を主導すべきではないかと考えている。

日本では、中国の武漢市から発生した新型コロナウイルスが今日世界中を巻き込んだパンデミックになっているコロナ禍でデジタル情報インフラが諸外国に比べ大変貧弱であることが露見してしまった。最近、コロナ禍でテレワークで仕事することが推奨され、官庁をはじめ企業や大学まで、『Zoom会議システム』が便利なので良く使用されているが、『サイバーセキュリティ』が脆弱なので危惧している。企業の会議、大学の遠隔講義、展示会や一般市民などで、『Zoom会議システム』が広く使用され、最新の『ICT』の情報、企業の機密情報や特許などがやり取りされている。Zoom社の創設者兼CEOのエリックヤン(Eric S. Yuan)氏は中国系米国人の実業家で、個人情報や機密情報などが中国政府(中共)に漏洩しているのではないかと疑われている。Zoom社はソフトを改善したとURL等で応えているが『サイバーセキュリティ』が脆弱であることに変わりはないので、日本独自のサイバー攻撃されない特殊の電子鍵などを有する会議システムのソフトウエア(ソフト)の研究開発が急務であるように思われる。Zoom会議システムの『サイバーセキュリティ』問題等は以下のURLを参照されたい。

『Zoomのセキュリティ問題とは?』
コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛を受け、注目を集めているビデオ会議ツール「Zoom」の5つの問題と対策を解説している。(マルウェア情報局)
https://eset-info.canon-its.jp/malware_info/trend/detail/200428.html

また、『Line』も日本で一般の多くの人たちが良く使用しているが、個人情報や機密情報などが韓国政府や中共に漏洩している可能性があるとの『サイバーセキュリティ』の脆弱性が指摘されており、『Line』のアカウントが乗っ取られたりしているとの報告もあるので、GPS機能付きのスマホの写真などを『Line』で送信する際は、特に『サイバーセキュリティ』対策に気を付ける必要があるものと思われる。

『ドコモ口座だけではない~ネットバンキングの危険な実情』(Yahooニュース)
https://news.yahoo.co.jp/articles/92d3712c902991069b8661a7b22db030a973d0e8?page=2

最近、NTTドコモ社の『ネットバンキング』の「ドコモ口座」を悪用した不正引き出しで被害が出たとの大きなニュースが流れ、『デジタル社会』での『サイバーセキュリティ』の重要性が浮き彫りになった。
今回の『ネットバンキング』の脆弱さは、以下のように指摘されている。

1.「ドコモ口座」の開設時のセキュリティが脆弱であった。
2.暗唱番号が容易に漏洩した。(40年以上前に開発された銀行セキュリティ「RSA方式」を使用していたため。)
3.暗唱番号を解読するソフトが入手できる。(セキュリティが不完全であった。)

「NTTドコモ」だけでなく、「ゆうちょ銀行」のネットバンキング口座も悪用されているようなので『サイバーセキュリティ』は、これからの『5G/Beyond5G』の『デジタル社会』では、ますます重要になってくる課題である。 安部晋三前首相が健康上の理由で急遽辞任することになり、菅義偉 前官房庁官が9月16日に第99代首相に選出された。菅 新首相は、派閥にとらわれない現省庁の縦割り組織の弊害を無くし、新省庁の『デジタル庁』を創設し、「デジタル改革担当大臣」として、佐藤卓也氏を選出した。できれば、「行政改革担当大臣」の河野太郎氏と連携して、現在の「総務省」を再編して、『ICT』と『サイバーセキュリティ』のキーワードに特化した新省庁の『デジタル庁』が創設されることを期待したい。

加藤勝信内閣官房長官は、9月20日のNHKの「日曜討論」で、新内閣の政権運営について、国民のため働く内閣として、新型コロナウイルス対策と社会経済活動の両立を図るとともに、縦割り行政を打破して、デジタル化の推進をはじめとした課題に成果を出していくと強調された。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200920/k10012627551000.html

平井デジタル改革担当大臣は、「菅総理大臣からは、相当なスピードを要求されている」と述べ、『デジタル庁』への関心が高まる背景には、デジタル化が相当遅れていると感じる人が多いことになるので、夢のある、次の世代を象徴するような『デジタル庁』を作りたいと述べている。また、平井大臣は、『デジタル庁』の新設について、「コロナ禍は、世界でも有数な日本の光ファイバ網や通信網を十分に使い切れず、『デジタル敗戦』だった。『デジタル庁』は、規制改革を断行する象徴で、新たな成長戦略の柱だ。すべての予算を要求段階から『デジタル庁』に集め、各府省と知恵を絞りながら、国民にとってベストなシステムをつくっていく」と述べている。

ただ、『デジタル庁』新設に期待するところは大きいが、一省庁に、国民の個人情報や、各省庁、大学、研究所や企業等の重要な機密情報などが集中することになり、その貴重なデータが悪用される危険性があるため、新省庁の『デジタル庁』の組織の構成等は、国会等で慎重に審議しながら創設されることを期待したい。
次回は、筆者が、KDD単独の寄書で、ITU-T SG15で国際標準化に成功するまでの奮闘の様子について述べる予定である。

次回へつづく