その5:初期の光ファイバー需要は米軍が検討する武器への応用

前回、Northern Telecom(以後NTと略す)が古河電工の光ファイバーケーブルを購入交渉に来日の話を述べた。その背景は以下の通りである。米国のガラス業界大手のCorning社は光ファイバーの実用化を見据え、特許戦略を開始していた。Corningは富士通に光ファイバーに関する特許実施権を打診、富士通は同族のケーブル会社、古河電工を紹介した。古河電工は特許実施権を入手し、一早く光ファイバーケーブルを実用化した。NTはこれを知っており古河電工に打診してきたのである。

ところが、Corningは特許実施権条件に「日本国内に限る」を付記していたのである。その為、古河電工はカナダのNTには直接販売出来ず、Corning経由NTにケーブルを売る事で決着した。以上は私が後日知った話である。ところで、このCorningの特許を回避する為に相談していたのが国際関係特許に詳しい升永英俊弁護士で、私は何度か彼の事務所に書類を届けた記憶がある。1990年升永弁護士には古河電工がJDSと合弁契約を結ぶ時にも大いに世話になった。後日彼の名前を再び聞いたのは中村修二さんがノーベル賞を受賞した後の話題であった。

1980年当初は日本産業が世界に飛躍し始めた時代、そして日米貿易摩擦の兆候が出て来ていた。特にハイテク分野は米国産業界の脅威と捕らえられ始めていた。戦後平和主義を貫いてきた国内産業であったが、軍事転用可能な10項目のハイテク技術・製品を米国政府が技術開示移転を要求してきた。ソニー社のCMOSと共に光ファイバーも含まれていた。ほぼ同時期に某商社経由で米国海軍San Diegoの研究所(Naval Research Lab.:以後NRL)とBaltimoreのWestinghouse社から光ファイバーで魚雷を制御するプロジェクト、又別の商社から陸軍とHughes Aircraft社から光ファイバーで誘導するミサイル(FOG-M:Fiber Optics Guided Missile)のプロジェクト話が持ち込まれた。

古河電工の研究者達が両プロジェクトをフォローしてくれたおかげで、私は何度か上記の会社と実験施設を訪問した。NRL施設を訪問時には、当時最新の電磁誘導を避けられる光ファイバーを使った機雷掃射ロボットも見た。Hawaii州の海軍基地内のNRL分室にも訪問した。この分室はワイキキの浜辺の反対側にあり、海中が実験場であった。白い浜辺に人影無く、遠くに空母がポツンと浮かんでいた。相手をしてくれた研究者達には日系3、4世が含まれており、日本語はだめだが「コウノサン」「カワサキサン」とか呼び合い親しみを覚えた。

FOG-MプロジェクトではTexas州およびAlabama州のミサイル試射場もHughes の計らいで訪問した。商社の悪乗りか、後にベルギーのNATO本部でもPresentationをした。ただしこの両話立ち消えになった。米軍は試作段階で国産化できると確信したからだと思う。この同時期のロスアンジェルス近郊にあるNewport社に寄った。ファイバー切断機の要望を受け、届けると約束していた。米軍払い下げの蒲鉾兵舎と思われる質素な建物であった。ここで彼らは世界的有名になる光学「除振台」を開発製造していた。

その6:1980年以降、各国で実用的ファイバー通信システム導入が始まるへ