第一章 はじめに

「5G」は、米中貿易摩擦などのニュース等で、国家戦略や政治などでも話題になっているが、その「G」は、「ギガ=109倍」や周波数の「GHz(ギガヘルツ)」、電磁波の伝送速度の単位の「Gbit/s(ギガビット/秒)」や「Gbps(ギガビットパーセカンド)」ではなく、「Generation(世代)」の「G」で、「5th Generation(第5世代移動通信システム)」の略語である。現在、使用されている携帯電話は、「3G」で、スマートフォン(スマホ)は、「4G」に相当している。「4G」にLTEやLTE-Advancedという文字が付いているが、Long Term Evolutionの略語である。「5G」の商用化のサービスは、米国、韓国、スイス、英国、イタリア、スペイン、中国などで2019年11月までに実施されており、日本は少し遅れて、今年(2020年)3月からスタートしたばかりである。

「1G」は、音声のアナログ方式で、「2G」から、パケット通信(データを小包の中に入れて通信する)のデジタル方式になり、メールが使用できるようになったが、各国独自方式で国際標準化していなかったため、他国では日本の携帯電話は使用できなかった。それで、世界共通で携帯電話が使用できるように、国際連合(国連)の下部組織である国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)が定める[IMT-2000](International Mobile Telecommunication 2000)に準拠した通信規格を「3G:3rd Generation(第3世代移動通信システム)」とすることとなった。[IMT-2000]の意味は、当初は [FPLMTS](Future Public Land Mobile Telecommunication Systems)と呼ばれていたが、後に高速なデータ通信、テレビ電話のマルチメディアサービスなどが利用できるように、[新バンド(2000MHz帯)]で、[2000kbpsのデータ転送速度(静止時)]で、[2000年に商用化]するということで、[IMT-2000]に改称されたようである。

筆者は、「移動通信システム」の専門家ではないが、国際標準化のエキスパートの一人として、「3G」の国際標準化に日本企業が成功できなかった要因の分析で筆者と同じような意見を持った方の記事を参考までに紹介することとする。 日本のNTTドコモは、欧州にデファクト・スタンダード(広く使用されていた)になっていたGSM(Global System for Mobile Communication)に興味を示し、欧州と交渉して、GSMの技術的延長線上にあるW-CDMA(Wideband-Code Division Multiple Access)を「3G」の携帯電話の国際標準化として目指したが、自らの技術とは別系統のものに挑戦したため多額の投資をした割には、「3G」の新市場を拡大することはできなかったようである。

最終的には、米国国務省とクアルコムで開発された米国発のcdma2000の方がはるかに優れた技術で、既存の「2G」のネットワークを有効利用し、W-CDMAを上回るスピードを実現し、品質が良く、経済的であたため、日本発のW-CDMAは、「3G」の国際標準化に失敗したようである。

林 龍ニ:「IT国際標準化戦略と日中協力」
https://repository.tku.ac.jp/dspace/bitstream/11150/184/1/komyu25-06.pdf

『W-CDMAは、日本発の規格であるから、移動通信システム規格を策定する国際標準化団体の一つの3GPP(3rd Generation Partnership Project)の国際標準化会議の議論で、日本企業の意見が大半を占めるだろうと思っていたが、予想に反して、日本企業、特に日本の携帯電話メーカーの存在感は、極めて小さいもので、寄書(国際標準化したい規格の提案書)も少なく、議論の中でも積極的に発言したがらない。世界の標準化プロジェクトの活動から見えてきたのは、高い技術力を有しながらも欧米企業に主導権を握られ、言いなりになっている日本企業の現実だった。
実際のところ、現在の「3G」規格では、日本企業よりも欧米企業が圧倒的に多くの関連特許を握っている。W-CDMA技術は日本発と言われたものの、無線インターフェース以外の部分では日本企業は大幅な譲歩を余儀なくされていた。その後、私は韓国企業の躍進を目にした。3GPPがスタートした1998年当初、勧告企業は全く目立たない存在であった。しかし、その5年後の2003年頃には、標準化活動の中で韓国企業の存在感が急拡大し、提出される寄書数と議論への寄与度の両面で日本企業を凌駕し始めた。韓国企業はいつの間にか、欧米企業と交渉のテーブルで対等に議論できるほどの大人に成長していた。それに対し、日本の携帯電話メーカーは、まるで成長が止まったままの幼子のようであった。私は国際標準化組織の活動の中で、海外で存在感を示せない日本メーカーの閉塞感を味わった。
現在、日本メーカー・トップ企業の年間出荷台数は、世界シェア1位であるノキア(フインランド)の3%にも満たない。 昨今、携帯電話は家電分野最大の市場にまで成長している。そして、ユビキタス時代では、携帯電話が中核製品として位置づけられている。この分野における日本メーカーの国際競争力の低下は、無視できない問題だ。
日本の携帯電話産業は、このまま放置すると衰退してゆくのは目に見えている。そして、何よりも、現場で働くエンジニアの流した汗が無駄になる事態は避けたい。メーカーや政府、キャリヤなどが一心同体で日本の携帯電話産業の競争力を蘇らされるよう取り組んでほしいと願っている。』と記載されている。

王 亭亭:「日本発W-CDMA」の挫折―第1回:世界を席巻するはずだった「日本発W-CDMA」
https://xtech.nikkei.com/it/article/COLUMN/20070621/275415/

筆者は、上記の2件の記事の提言やコメントとほぼ同じ意見で、『国際標準を制する者は、世界を制する』が持論である。  国際標準化の主導権を握った国家には、多大な利益がもたらされる可能性が大で、国際標準化の主導権を握った国家はそのシステムの普及に全力を尽くす。一方、国際標準化に失敗した国家はその普及の阻止に全力を尽くす。
ITの国際標準を掌握し、それを世界的に普及させるかどうかは国家存亡の鍵を握っていると言っても過言ではない。政府と企業が一体となって取り組んでいる国際標準化活動は、まさに国家間の戦争である。国際標準の主導権を握れるかどうかで、企業の命運が決まるだけではなく、その国の産業や国家そのものの盛運が決まる。国家は、自国の企業を支援し、自国の技術を売り込みを図る。米国は自国のデファクト・スタンダードをそのまま国際電気通信連合―電気通信標準化部門(ITU-T:ITU-Telecommunication Standardization Sector)の会議に寄書として提出しそのままの形式で数多くのITU-Tの勧告を創出した例を筆者はいくつも見てきた。多数決で決まる国際標準化会議を自国に有利するためには、他の国々と積極的にロビー活動などしてお互いにメリットがあるような妥協案を作成していくことも必要になってくる。日本が考えているような「技術の良いものが国際標準として生き残る」ような単純な世界ではない。後述するが、最近の「5G」の国際標準化における中国(中国共産党)の国際標準化戦略{「中国製造2025」や「中国標準2035」}は、まさにそれを示しており、米国のトランプ大統領が危惧していることである。筆者は、このことを意識しながら国際標準化を行ってきたが、ITU-Tの国際会議に出席していた当時の日本人で上記の覚悟で会議に参加していた者は少なかったように感じていた。後述するが、国際標準化会議へ派遣する人材・専門家の育成は、今後の日本における重大な課題の一つである。

技術面を重視した国際標準化活動の失敗例として、NHKのアナログ方式のハイビジョンテレビ(TV)の国際標準化がある。その主な要因は、技術的には欧米諸国に比べ、NHK主導で進んでいたが、TVのワイド画面のソフトがなく、また、国(郵政省)のハイビジョンテレビ番組の明確なスケジュールがない中で、NHKの技術が国際標準化されれば欧米諸国のTV業界の失業者が増えることを恐れた欧米諸国からジャパン・パッシング(日本叩き)にあったためだと言われている。

「5G」までの国際標準化の失敗への反省があったせいか、総務省は、今年(2020年)3月から「5G」サービスがスタートしたばかりだが、「5G」の次世代の通信規格Beyond 5G(6G)について、東京大学総長の五神真氏を座長とする[Beyond 5G(6G)推進戦略懇談会]を1月から開催し、6月25日付けで提言案を一般に公開することになった。

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban09_02000329.html

移動通信システムの国際標準化の規格化を検討している機関としては、国際連合(国連)の下部組織である国際電気通信連合-無線通信標準化部門(ITU-R:International Telecommunication Union-Radiocommunication Sector)と移動通信システム規格を策定する国際標準化団体の3GPP(3rd Generation Partnership Project)などがある。

筆者は、「有線」の光ファイバ伝送システムの国際標準化をしている(ITU-T) の約20年の専門家で、「無線」の移動通信システムの国際標準化をしているITU-Rの専門家ではないが、国際標準化を進めるやり方は同じなので、総務省やその他の資料を情報収集しながら「5G /Beyond5G(6G)ネットワークにおける国際標準化の重要性」について述べていく予定である。

第二回へつづく