第二章 筆者と国際標準化活動

2.1 国際電気通信連合(ITU)と国際電信電話諮問委員会(CCITT)での国際標準化の意義

国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)は、電気通信に関する国際標準の策定を目的とした国際連合(国連)の下部組織で、筆者が生まれる2年前の1947年から運営されており、大きく分けて 1)ITU-T(ITU-電気通信標準化部門)、2)ITU-R(ITU-無線通信部門)、3)ITU-D:{ITU-Telecommunication Development Sector(電気通信開発部門)}の3部門から構成されている。国際電信電話諮問委員会(CCITT:International Telegraph and Telephone Consultative Committee)は、電気通信に関する規格や技術の標準化を行う組織で、1956年に国連により設立された。

筆者は、国際電信電話株式会社KDD(KDDI)研究所在職中に1985年から、光ファイバ伝送関連の「有線」のCCITT SGXV(伝送システム関連)の2001年1月5日の中央省庁再編まであった郵政省の日本代表を務め、1993年にCCITTが改組されてできたITU-TのSG15(伝送システム関連)の日本代表もCCITTより引き継いだので1985年以来約20年間務めることができ、数多くの国際標準化に貢献する機会に恵まれたことに対し心より感謝している。

CCITT及びITU-Tの本部は、国連のヨーロッパ支部(図1~図5)があるスイスのジュネーブにある。スイスは日本や諸外国からの観光客が多い大変美しい国際都市で、ジュネーブ空港に到着するたびに第2の故郷に帰って来た感じがしてほっとしたのは不思議な思い出でになっている。ジュネーブ市内にあるレマン湖の120mのジェット噴水(図6)を見るのは毎年の楽しみの一つで、その右遠方のモンブラン山の頂きには夏でも白い雪化粧が見え、また左遠方にはマッターホルン山が見えるとても美しい街である。因みに、ジュネーブ(Geneve)は、フランス語で、英語ではジェネバ(Geneva)である。スイスでバスや電車に乗ると、車内アナウンスの順序は、ジュネーブ市内ではフランス語、ドイツ語、イタリア語、英語の順で、ジュネーブより北の方では先頭が、ドイツ語、フランス語の順に代わり、ジュネーブより南の方では、イタリア語、フランス語の順になり最後に英語が出てくるとほっとしたのも懐かしい思い出になっている。

ITU-Tなどの国際標準化委員会(図7、8)では、日本政府(国)や会社(KDD)を代表(図6)して英語で闘わないといけないので、日中の国際標準化会議でのストレスのせいで疲れて就寝するとジュネーブのホテルでよく英語で各国の代表と標準化(勧告化)について闘っている夢を見たことを懐かしく思い出すこの頃である。ITUの本会議での公用語は、英語、フランス語、スペイン語で、ロシア語と中国語(中文)は同時通訳者を連れて来ても良いことになっている(図3)。第2次世界大戦に負けた日本、ドイツ、イタリアの敗戦国の言葉は使用できない規則があり、国連やITUではまだ戦争の傷跡が残っている。ITUの本会議場での国名の卓上ネームプレートと身分証のIDカードの表示の言語は(図9)、Japon(フランス語)でJapan(英語)ではなかったことにも非常に驚いた。しかし、本会議以外のワーキングパーテイ(WP)などの小グループでの会議では英語のみで会議ができたので助かった。また、ITUの勧告の文章は、米語[American English]ではなく、英語[British English]で記述することになっていることにも気をつける必要がある。

国際標準化会議に出席する者は、まさに国の威信をかけた闘いの場であることを強く意識する必要がある。何故なら、国際標準化(勧告化)に成功すれば、その国のビジネスが発展する可能性があり、その国の産業と経済に及ぼす影響が大きいからである。

2.2 中国(中共)の「一帯一路構想」

中国(中国共産党:中共)のICT戦略の一部である「一帯一路構想:BRI(The Belt and Road Initiative)」は、2013年に習近平国家主席自らが導入した投資案件である。中国(中共)の目的は、中国とアジア、アフリカ、中東、欧州の経済を結ぶ貿易ルートのICTを含むネットワークに沿ったエネルギー・輸送インフラプロジェクトを発展させる目的がある。BRIでは、陸上インフラ事業(道路、鉄道、パイプライン)のシルクロード経済地帯と港湾と沿岸プロジェクトを統合した海上ルートである21世紀海上シルクロード経済地帯の2つの主要ルートがある。すでに数百件の新規プロジェクトが実施されているが、最近、中国(中共)と他国家間で紛争が急増しているようである。

日本の国会議員の中に親中派がおり、「一帯一路構想」を支持していると米国からの指摘が最近ニュースで報道されており、米国や他の諸国が中国から工場を引き揚げているが、日本の大手企業は、未だに中国に工場があり、またこれから中国に新たに投資しようとする日本企業がいるのは理解し難い。菅義偉新首相が親中派の国会議員らを抑えて「一帯一路構想」に日本が加担しないような毅然とした態度を中国(中共)の習近平国家主席に示せるかどうか危惧している。

筆者は、中国の某大学の終身客員教授も兼務しているため、一般の中国人の教え子や親しい友人達がいる。しかし、中国政府(中共)は、最近、自己中心的な報道が多くなってきたため、一般の中国と中国政府(中共)は区別することにしている。英国のドミニク・ラーブ外相は、今年2020年7月19日に、中国西部のウイグル自治区で、おぞましい人権侵害が起きているとして、中国政府(中共)を非難するとともに、関係者への制裁措置もあり得ると表明している。また、BBC(British Broadcasting Corporation:英国放送協会)で、ウイグル族のイスラム教徒への強制的な不妊手術や他の迫害行為(モスク破壊や洗脳 教育等)に関する報告についても、「長年見られなかったことを思い起させる」と話している。

また、社会主義を掲げる中国本土と一線を画し、香港の高度な自治を50年間約束していたが、今年2020年6月30日に香港の頭越しで「香港国家安全法」を制定し施行を強行しており、民主化運動のリーダー達が拘束され、実質的な「一国ニ制度」が崩壊している。またそのほかにも、最近南シナ海で、台湾や尖閣諸島は、中国(中共)による接続水域・領海侵入などを繰り返され威嚇されている。それに対し、米国は、空母2隻を南シナ海に派遣し、米中が近接海で軍事演習を実施し、米中間での緊張が高まっている。

『高まる南シナ海 米軍が空母2隻を派緊張遣』(CNN.co.jp)
https://www.cnn.co.jp/usa/35156406.html

2.3 中国(中共)のICT国際標準戦略『中国製造2025』と『中国標準2035』

最近のニュースによると日本政府は、中国のスマートシティー(次世代都市)分野の国際標準規格提案にようやく危機感を強めたようである。

スマートシティー(次世代都市)は、中国の武漢市から発生した新型コロナウイルスが今日世界中を巻き込んだパンデミック(世界的大流行)になっているが、このような感染症を防止することを目的として都市を監視する『情報通信技術(ICT:Information and Communication Technology)』システムのことである。中国政府(中共)は、スマートシティー分野で、国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)や国際電気通信会議(IEC:International Electrotechnical Commission)等の技術委員会に中国の国内標準(デファクト・スタンダード)を国際標準規格にするため提案中のようで、一部は今年2020年内に国際標準規格が決まるようである。もし、中国の国内標準がそのまま国際標準規格として承認されれば、今後の日本国内外の都市開発で日本企業が不利になる可能性が高まる恐れがある。そのため、日本政府は米欧各国と連携して中国のスマートシティー提案の阻止を目指すようであるが、これまで「5G(世代)」の移動体通信(スマホ)などの国際標準化戦略で失敗してきた経緯があるため成功できるかどうか危惧しているところである。

社会インフラ建設に沿って、中国の標準の技術を世界に流入していく狙いがあるようである。中国(中共)は、中国仕様の標準を制定するための『中国標準2035』プロジェクトを策定し、2018年にその政策チーム(国家標準化委員会)を発足させたようである。『中国製造2025』によく似たネーミングであることから、『中国標準2035』は、その後継のICT戦略の計画と考えられ、今年2020年10月26~29日に中国共産党が今後の重要方針を話し合う 『第19期中央委員会第5回全体会議(5中全会)』 で発表される見通しである。『中国標準2035』を「国際標準化」に強引に提案する恐れがあるため、今後中国の国際標準化の動きを注視する必要があるものと思われる。

『国際標準を制する者は世界を制する』は、筆者がこれまで国際標準化活動に約20年間奮闘してきた経験より日頃感じている事ではあるが、残念ながら、それを実践しているのは日本政府ではなく、習近平中国国家主席の中国政府(中共)である。中国(中共)は、2015年に中国政府の『情報通信技術(ICT)』戦略である『中国製造2025』を発表した。それは、サプライチェーンである「世界の工場」から脱却して世界水準の製品とサービスを生み出す「製造強国」への転換を目指し、世界トップへの長期目標であるロードマップが記載されている中国(中共)のICT国家戦略を打ち出したものである。それで、中国(中共)の今後のICT戦略を理解するためには、『中国製造2025』を一読された方がいいと思われるので、以下に参考文献を示す。

『中国製造2025』(経済産業省)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000403.pdf

『世界の“半導体市場の覇権”を狙う『中国製造2025』とは? そのロードマップを解説』(Digima~出島~)
https://www.digima-japan.com/knowhow/china/14498.php

『中国製造2025』では、世界の頂点に立つべく重点的に成長させる10大分野を指定している。1.次世代情報技術(半導体、次世代通信規格「5G」)、2.高度なデジタル制御の工作機械・ロボット、3.航空・宇宙設備(大型航空機、有人宇宙飛行)、4.海洋エンジニアリング・ハイテク船舶、5.先端的鉄道設備、6.省エネ・新エネ自動車、7.電力設備(大型水力発電、原子力発電)、8.農業用機材(大型トラクター)、9.新素材(超電導素材、ナノ素材)、10.バイオ医薬・高性能医療機械

半導体や「5G」通信設備が含まれる『情報通信技術(ICT)』はその筆頭に挙げられており、中国(中共)はこの戦略計画の発表以降、先端半導体の国産化の歩みを加速したものと思われる。サプライチェーンの「世界の工場」となった2015年頃から中国は、「安かろう、悪かろう」のイメージから脱却し、ファーウエイ(華為技術Huawei:スマホや通信機器)やレノボ(PCやサーバー)、DJI(民間用小型ドローン)など各企業独自のブランドを世界のマーケットに供給する中国企業が目立つようになってきており、これらのビジネスが発展した理由は、中国企業自身の努力もあったが、中国政府(中共)の優遇政策や補助金などに支えられていた側面が大きかったものと思われる。

次回へつづく