第四回 「土木の現場」と「使えるハイテク」

1. 実際の土木の現場とIT

この連載の第一回で書いたように、日本の土木は、これまで役所の仕事が多く、そのために「人員削減」はできなかった。土木は「公共事業」であるため「雇用の確保」も土木の重要な役目でもあり、今日も官公需法に基づく各種の施策が行われている。そのため「人員削減・企業利益追求の技術」が多く言われていた「IT」とは、やはり疎遠にならざるを得なかった。「雇用の確保」という大きな役目は、現在も土木事業には課されているものの「人が溢れ、仕事がない」という状況では日本はなくなり、人が減るのは、「仕事が無いから」ではなく「少子化」という先進国特有の大きな流れが出てきたからだ。そこで、土木の業界では、より人件費が低いと言われている外国から人材を日本に呼び、これまでのように土木事業を行っていく必要が生じた。しかし、日本より景気が良いと言われている諸外国から、だんだんと経済の衰退が20年続いた日本に来る外国人労働者も減っている。そこで、ITの活用が大きく土木というフィールドで注目されるようになった。既に、20年前には普通にいた、韓国や中国からの労働者は日本にはほとんどいなくなった。現在はベトナム、マレーシアなどの労働者が来ることが多くなった。そして、これらの地域さえ、これから数年で、衰退する日本の経済と所得の低下を尻目に、人件費が高騰し、日本に労働者は来なくなる、と言われている。土木におけるITの活用は、日本のインフラの将来にとって「死活問題」となりそうな気配があるのが、現状なのだ。そういや、最近はコンビニのアルバイトでも、韓国人も中国人もいないですよね。みんな日本にいるより、帰ったほうがお金になるからですね。

私もITという単語が無い時代からITをやっていたのだが、その時代は「XX業専門のIT屋」というのはあまりいなかった。コンピュータを使う仕事そのものが珍しい時代だったので、製造業、土木、サービス業、と、あらゆる業種に呼ばれ、その都度自分の人格も変わるんじゃないかと思うほどのその業界の「洗礼」を受けて、まさに「別人に生まれ変わって」SEという仕事をしてきた。食事の内容も、トイレに行く時間も変わるほど、のめり込んで半年ごとに様々な仕事をするのが「日常」だった。その頃の私たちの会社は「システムハウス」というカテゴリーにいた。ITの業界も、ハードウエアを作ることから、ソフトウエアを書いて動かすことなど、全てが誰にとっても初めてで、周りを見渡しても「先生」がいない。英語の文献でもたいしたことが書いていない。仕方なく、自分で調べてやり方を確立し、いろいろな種類の仕事をこなしていった。その中でも「土木」は、様々な業種の中でもより「政府」に近く、厳格なものが求められるけれども、現場で働く人はもちろんコンピュータの知識はあまりなく、専門でもないわけで、そしてそれが今でも続いている。悪く言えば、IT業界用語で言うところの「ガラパゴス」だが、よく言えば「開拓しがいのある」業界である、とも言える。

だいたい、機器のスイッチでも、思いっきり力任せに押して機器を壊す、なんて当たり前なのだ。中身の機能以前に、頑丈なスイッチがなければ機器を使ってさえもらえない。最初に電源を入れるところで、壊れてしまう。「すみませんが、微妙なものなので、御手柔らかにお願いします」と言っても、無駄である。機器は頑丈なスイッチがついたものを作るしかない。作る側も、ソフトウエアのみならず、ハードウエアの知識どころか、なかなか断線しない半田付けのやり方まで、それなりに知らないとやっていけない。IT屋というと、毎日机に向かう仕事のように思われているが、かつては違った。ロボットでも、クルマの下敷きになったとき大丈夫か?などの無茶もあるのが現場である(いくらなんでもそんな、ということがあるのが現場だ)。だから、困難ではあるけれども、問題の解決の過程には面白さもある。他にも「日照り」「極寒の地での工事」「水中での工事」「海上での工事」などもある。

2. 「現場」に入っているITが少ないわけ

しかし、人員の問題が顕在化したと言っても、その場ですぐに「現場のIT化」ができるわけではない。多くのゼネコンが近い将来を見越して、現場で使える多くのハイテク技術の開発を始めていて、業界新聞などに発表も多くされているが、その多くは現場に入れる前の「実験」である。研究所レベルでの話が多く、現場での実験、という段階のものがまだまだ多い。土木、建築の業界では、現場で使う人間にいまから「ITの利用スキル」を学習せよ、と言う号令は基本的にかけることができない。作業人員それぞれが、経営者のつもりになって「自分の将来の仕事のために勉強する」ということも、あまりない。そのうえ、高度経済成長期に、技術を習得し、現場で使える技術を持った「技術者」の多くは高齢化し、多くは退職、あるいは亡くなっている。であれば「現場にITを入れる」と言っても、いままでのホワイトカラー職の仕事を変えていく、というものとはわけが違う、ということは十分に考慮しなければならない。そのため、多くのIT会社の営業マンが「土木業界は新しいITの市場としてなんとか開拓したい」と、今までの営業ノウハウを持ってやってくるのだが、多くは「返り討ち」にあって終わっている。私はその現場を多く見たのだが「これじゃぁ、最初からダメだよなぁ」というものばかりだった。笑い話になりそうな事実も多く見聞きしたが、それだけでこの連載が数十回は書けそうな気がする。

3. 「土木にあったIT」は光技術から

これまで多くの活躍をされて来た光技術の諸先輩の方々からすれば「土木」というフィールドはあまり興味が無いかもしれない。なにせ「ハイテクであるかどうか」が問題ではなく「それが現場で使えるか?」が大きな問題だからだ。場合によってはハイテク機器を導入するために、周辺の環境の整備のために、会社の規則なども変える必要があるものもあることだろう。自動車産業を思い出して見るといい。良いエンジンを作るだけでは、自動車は売れない。そのエンジンは使う人にとって見れば「使う機器の一部」でしかない。良いエンジンに、良いシャーシーをつけ、サスペンションや変速機も改良を重ね、ボディには居住性の良さやデザインも十分に考えなければならない。さらに、自動車本体だけではなく、道路の整備も必要であることは言うまでもない。道路を安全に使うための法整備も必要だ。多くの産業や社会的仕組みがつながって「良いエンジン」を作ってやっと売れる。その存在意義がやっと出てくる。人の世に問う「モノ」とはそういうものだ。

光デバイスでも「良い受光デバイスを作りました」だけでは「売れない」。それを使って、どういう製品を作るか?ソフトウエアとしてなにを作れば良いか?その製品は防水か?防水が必須ならハウジングが重要だ。振動には強いか?使用可能温度はどれくらいか?。長時間、日照りの自動車のダッシュボードに置いておいても壊れないか?などが、製品の機能そのものよりも重要であったりする。LEDが普及するためには、半導体の熱膨張率と同じ膨張率を持った樹脂モールドの開発が多きなカギの1つであったことが思い出される。「中心技術」の他に、どんな「周辺技術が重要なのか?」という「幅広い「知見」もまた、必要な時代である。それがなければ「使われない」のだ。

土木産業にとっての「光技術」は、非接触の構築物検査技術として、重要な役割を持つことは論を待たない。「土木」という人間社会における、ある意味「原初的産業」で、いよいよハイテク技術が必要な時代を迎えている。

第五回へつづく