第五章 国際標準化~筆者の歩んだ道(そのII)

5.4 偏波面保存ファイバの基本原理の発見

光ファイバ中で直線偏波(光)面を保存し、さらに外乱に対してもその偏波面の保存性を維持できる光ファイバは、光伝送及び光計測・センシングの分野で、重要な役割を果たす。このような光ファイバは、偏波面保存ファイバ(PMF:Polarization Maintaining Fiber)と呼ばれ、その断面内で複屈折性を有しているのが特徴である。作製法としては、光ファイバ断面内に非軸対称の応力を付与する方法、非軸対称の幾何学構造的屈折率分布を与える方法、及びこれら2つの効果を複合する方法がある。

図27の、筆者の一方向から(非軸対称)外力が加えられた光ファイバの偏波特性に関する論文[12]は、光ファイバ断面内に非軸対称の応力を付与する方法に寄与しており、光ファイバジャイロなどに使用されている偏波面保存ファイバ(PMF)の中でも良く商用化されている“PANDA:Polarization-maintaining AND Absorption-reducing(パンダ)ファイバ”の基本原理として国内外の専門家には知られている。そのエピソードの一例として、NTT研究所の佐々木豊博士(元茨城大学教授)が、「筆者の東北大の修士論文を内緒(残念ながら筆者の論文[12]は引用されていなかった)で取り寄せ筆者の論文[12]を参考にして“偏波面保存光ファイバ(PMF)”では有名な“PANDA(パンダ)ファイバ”(図27)[14]を発明した事につながった」と筆者の友人でもある佐々木豊先生が、ずいぶん後になってオーストラリアのシドニー市で開催された国際会議で一緒になった時に筆者に語ってくれたことがあった。

図27で、①は、裸光ファイバに単位長当たりの非軸対称荷重 f [g/cm] = W [g] /L [cm] を加えた場合の主応力成分と位相差や速波軸や遅波軸の関係を示している。筆者の文献[12]と[13]で、座標系が工学分野の右ねじの進む方向を z 軸の正方向とするか、理学分野の左ねじの進む方向を z 軸の正方向とするかの違いがあり、x 軸と y 軸の違いはあるが、座標系の変更だけなので特に問題はない。図27では、光ファイバの中心のコア部分には、x 軸方向に圧縮応力 σx が発生し、y 軸方向には、引張応力 σy が発生する[12]。

σx ≒ -3f / (πb) 、σy ≒ f / (πb) (π ≒ 3.14、2b:クラッド外径)

圧縮応力 σx と引張応力 σy の軸方向に振動する偏波(光)の実効屈折率変化 Δnx とΔny の間には、光弾性効果による関係式があり、文献[12]より、以下の式のように表される。

Δnx – Δny ≒ -4f C / (πb) (C:光弾性定数)より Δnx < Δny となる。
媒質中の光速度 v = c / n  (c:真空中の光速度、n:媒質中の光速度)

上式より、非軸対称の外力を加えた x 軸方向の実効屈折率変化 Δnx が、y 軸の実効屈折率変化 Δny より低いため、x 軸方向の光速度 vx が速波モードになる。
従って、速波モードと遅波モードの間の相対位相差 Δϕ は、以下の式で表される[12]、[13]。

Δϕ = (8C/λb) ΔfL = (8C/λb) ΔW

図26の⑧の実験結果より、相対位相差 Δϕ と相対荷重 ΔW の関係は、リニアであることが分かったため、その傾き角度が、(8C/λb) に相当し、λ と b は既知の値なので、上式より光弾性定数 C が求められる[12]、[13]。

図27の②は、偏波面保存ファイバ(PMF)の代表的なPANDAファイバの断面写真である。パンダの目に相当する黒丸部分は、応力付与部と言われ、熱膨張係数(熱収縮率)が大きいボロン(B2O4)という材料が添加されている。光ファイバの大部分の白くなっているクラッド部分の材料は石英ガラス(SiO2)である。光ファイバを製造する際、約1500℃のヒートゾーンを持つ高温炉へ挿入して焼結・透明ガラス化するが、室温まで急激に冷却する間にパンダの黒目の部分の応力付与部のボロンと石英ガラスの熱収縮率の違いにより非軸対称の主応力成分が発生する。黒目の部分は縮もうとして円の内径が小さくなるよう引張応力が強くなるので、光ファイバの中心のコア部分の y 軸方向(パンダの目)に引張応力が発生し、x 軸方向(パンダの頭)にはその反対の圧縮応力が発生する。従って、図27の①の場合と同じように、x 軸方向から非軸対称外部応力が加わった場合と同じになり、パンダの頭方向には圧縮応力が発生し、それに直交する黒目の方向には、引張応力が発生するため、頭の部分の屈折率が低くなるため速波軸(Fast Axis)になり、黒目の部分は引張応力になるので屈折率が高くなり遅波軸(Slow Axis)となる。

図28に、内部応力付与型の代表的な3つの偏波面保存ファイバ(PMF)の断面図を示す。
(a)パンダ(PANDA)ファイバ[14]、(b)ボータイ(Bow-tie)ファイバ[15]、(c)楕円ジャケットファイバ[16],[17]

これらの内部応力付与型の偏波面保存ファイバの構造の最大の特徴は、筆者の論文で提案している一方向外力に起因する非軸対称の応力差により発生する光弾性効果を利用していることである[12],[13]。クラッド材料(石英ガラス:SiO2)に比べて熱収縮率が非常に大きい黒い部分の応力付与材料(SAP:Stress Applying Parts)のボロン(B2O4)を、コアを挟むように入れ、光弾性効果を使って複屈折率性を持たせる応力付与型と、コアの縦横で実効屈折率を変化させた幾何学的非軸対称型[18]がある。一般的には、応力付与型が多く使われており、主に応力付与材をパンダの目のように丸型にしたNTT研究所や日本の光ファイバメーカ(フジクラ、住友電工、古河電工)で研究開発されたPANDA型や、英国のサウサンプトン大学(University of Southampton)で研究開発された蝶ネクタイ型にしたボウタイ(Bow-tie)型[15]が広く使用されている。日立製作所中央研究所[16]、KDD研究所[17]や日立電線で研究開発された楕円クラッド型でコアの周りにシリカ(石英ガラス:SiO2)の低屈折率層を有する楕円ジャケットファイバは、前者に比べマーケットのシェアは狭いようである。

図29に、琉大大学院波平研究室で研究していた、新しいフォトニック結晶ファイバ(PCF:Photonic Crystal Fiber)の非軸対称幾何学的屈折率分布形偏波面保存フォトニック結晶ファイバ(PMF-PCF)の構造例を示す。
図29は、筆者のPh.D.の教え子のバングラデシュ出身の留学生で、現在バングラデシュで別々の大学で教授として活躍しているProf. Dr. S.M. Abdur Razzak[19]と Prof. Dr. Md. Anwar Hossain[20]と筆者との連名の研究論文に用いた偏波面保存形フォトニック結晶ファイバの数値モデルの一例である。フォトニック結晶ファイバは、コアは石英ガラスで、クラッド部分を周期的な空孔を配列して光伝送をする新しいタイプの光ファイバであるが、空孔の配列を幾何学的に図29のように非軸対称にすることで偏波面保存性を高くすることができることを実証している[19],[20]。

図30に、筆者が楕円ジャケット型偏波面保存ファイバのモード複屈折率を有限要素法(FEM:Finite Element Method)を使用して、応力の数値解析を行い、楕円ジャケットの応力付与部の楕円率 ε に起因して発生する内部応力と光弾性効果による実効屈折率変化 Δn よりビート長 LB とモード複屈折率 B の関係を明らかにすることができた[17]。楕円ジャケット型偏波面保存ファイバは、KDD(KDDI)研究所と日立製作中央研究所との共同研究の成果の一部で、光ファイバは日立製作中央研究所で製作されたものである。
図30で、①、②、③及び④の概要を以下に示す。
 ① 楕円ジャケットファイバの断面写真と座標系(楕円率 ε = 0.55)(日立製作中央研究所製[16])
 ② 光弾性効果による実効屈折率変化 Δn
 ③ 光弾性効果によるモード複屈折率 B
 ④ 光弾性効果によるビート長 LB

図30より、楕円率 ε が大きくなると、内部応力が大きくなり、光弾性効果により、実効屈折率変化 Δn が大きくなるのでモード複屈折率 B も大きくなり、ビート長 LB は短くなることが分かる。このビート長 LB より、偏波モード分散(PMD:Porarization Mode Dispersion)が求められる。

前述したように、楕円ジャケット型偏波面保存ファイバは、KDD研究所の筆者と日立製作中央研究所の松村宏善氏(理学博士)との共同研究の成果の一部である。楕円ジャケット型偏波面保存ファイバを開発された日立製作中央研究所の松村宏善博士が英国のサウサンプトン大学で、光ファイバの開発等で世界的に著名なProf. Dr. W. A. Gambling先生のResearch Fellowとして研究されていた頃、筆者がサウサンプトン大学を訪問した時に初めて松村氏にお会いした頃からの古い友人である。サウサンプトン大学は、ロンドンから南方へ約1時間鉄道で行ったところにあり、1912年4月10日に、不沈と言われたタイタニック号が米国のニューヨークへ向け処女航海に出港したサウサンプトン港がある港町にある光ファイバ通信関連では世界的に有名な大学で、日本からの留学が多い大学でもある。

また、松村氏と同様にProf. Dr. W. A. Gambling先生のResearch FellowをしておられたProf. Dr. D. N. Payne先生(元オプトエレクトロニクス研究所長)は、ファイバレーザー、エルビウムドープファイバ(EDFA)やボータイファイバなどの発明者で世界的に著名な先生で筆者の古い友人でもある。
松村氏とProf. Dr. D. N. Payne先生は、ほぼ同年代で研究者としてのライバルではあるがお互い良き友人でもある。松村氏がサウサンプトン大学での研究を終えて、日本に帰国して最初に研究されたのがこの楕円ジャケット型偏波面保存ファイバの発明である。また、ほぼ同時期に、Prof. Dr. D. N. Payne先生も蝶ネクタイ型のボウタイ型偏波面保存ファイバを発明されており、これらが筆者の非軸対称外力に起因する偏波面保存ファイバの基本原理である論文の発表時期と2種類の偏波面保存ファイバの発明に関わっていたことは、非常に感慨深いものがある。

次は、PMDの基本原理と国際標準化について述べる予定である。

[参考文献]

[12]波平宜敬、工藤正昭、虫明康人;“光ファイバの伝送特性に及ぼす機械的圧力の影響”、信学論、Vol.63, No.7, pp.391-398, 1977.
[13] Y. Namihira;“Opto-elastic constant in single mode optical fibers”, IEEE, Journal of Lightwave Technology, Vol.LT-5, pp.1078-1083, Oct., 1985.
[14] Y. Sasaki, et al.,”Polarization-maintaining and absorption-reducing fibers,”5th OFC’82, Phoenix, AZ, 1982.
[15] R. D. Birch et al.,”Fabrication of polarization maintaining fibers using gas-phase etching,”Electron.,Lett.,V.18, No.24, pp.1036-1038, 1982.
[16] H. Matsumura et.al.,”Fundamental study of single-polarization fibers,”6th European Conference on Optical Communication(ECOC), York(UK), pp.49-52, 1980.
[17] Y. Namihira, et al.,“Birefringence in elliptical-cladding single-polarisation fibre”, Electron. Lett., Vol.18, No.2, pp.89-91, Jan., 1982.
[18] T. Okoshi et al.,”Side-tunnel fiber:An approach to polarization-maintaining optical waveguiding scheme”, IEE, Electron.Lett.,Vol.18, No.19, 1982.
[19] S. M. A. Razzak, Y. Namihira, “Highly birefringent photonic crystal fibers with near-zero dispersion at 1550 nm wavelength,” Journal of Modern Optics (Taylor & Francis), vol. 56, no. 10, pp. 1188-1193, June 2009.
[20] M. A. Hossain, Y. Namihira et al., “Polarization maintaining highly nonlinear photonic crystal fiber for supercontinuum generation at 1.55 μm,” Optics & Laser Technology, vol. 44, no.5, pp.1261-1269, July 2012.

次回へ続く